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ハヤカワ文庫SFの歴史 History of Hayakawa Bunko SF
十期(一五年八月~二〇年七月)2022番~2290番まで
五年間の刊行点数は二六九冊と過去最大を記録した。量的には「ハヤカワ文庫SF夏の時代」が来ていると言っても過言ではない。ただし、これは、前章で述べたように《ローダン》が月二回刊行になったことに加え、《ローダン》の再話である《ローダンNEO》が二十四冊刊行されて合計一四四冊もの《ローダン》関連本が数を押し上げた結果である。再刊はやや数を減らし、オリジナルの点数は前期とほぼ変わらない。
一五年四月から始まった《ハヤカワ文庫補完計画》は順調に刊行が進み、SF部門では全二十二点を刊行して一六年三月に終了した。単なる再刊にとどまらず、入門書の『海外SFハンドブック』や新刊も含んだ意欲的な企画であり、クラーク『宇宙への序曲』、ハインライン『宇宙の戦士』、ハーバート『デューン』などの古典的名作が新訳により再刊された意義は大きい。
刊行点数順に見ると、一位は、前期に引き続き十一点のディック。ほとんどが創元、サンリオからの再刊だが、半数近くの五点が新訳された。復刊されていない作品はまだ残っているので、当分はディックの天下が続きそうだ。二位は、四点のケン・リュウ。一五年に《新☆ハヤカワ・SF・シリーズ》から刊行された日本オリジナル短篇集『紙の動物園』☆がテレビ番組でも取り上げられて好評を博し、一七年に第二弾のオリジナル短篇集『母の記憶に』が続けて同シリーズより刊行された。文庫ではそれぞれを二分冊にし、計四冊の短篇集として再刊している。中国系アメリカ人であるケン・リュウは中国SFを英語に訳して積極的に紹介しており、その一環として編んだアンソロジー『折りたたみ北京』☆も一八年に同シリーズより刊行後、高い評価を得て、文庫で再刊された。ちなみに、ケン・リュウの英訳により中国人初のヒューゴー賞を獲得した劉慈欣『三体』☆は、日本でも一九年に早川書房より刊行されるや、たちまち十三万部を売り上げるヒット作となった(文庫化は二〇二四年)。この後、中国SFの時代がしばらく続くこととなる。
他の主要作家としては、『白熱光』☆が再刊され、オリジナル短篇集『ビット・プレイヤー』、長篇『シルトの梯子』が刊行されたイーガン、月が分裂し破片が地球を襲う話題作『七人のイヴ』が再刊されたスティーヴンスン、オリジナル短篇集『死の鳥』☆『ヒトラーを描いた薔薇』が立て続けに刊行され、編者を務めたアンソロジー『危険なヴィジョン』全三巻がついに完結を迎えたエリスンらが挙げられる。特にエリスンについては、代表作を集めた『死の鳥』の評価が大変高く、六〇年代から七〇年代にかけての先鋭的な作品が今でも十分通用する普遍的な価値を持つことを証明してくれた。また、『危険なヴィジョン』は1巻が刊行されてから何と三十六年ぶりの続編刊行となり、その全貌と歴史的な意義がようやく明らかにされた。
六〇年~七〇年代作家の作品としては、ティプトリー最後の短篇集『あまたの星、宝冠のごとく』(原著八八年)、ル・グィンの《ハイニッシュ》ものを含んだ短篇集『世界の誕生日』(原著〇二年)、ニーヴンのベスト版短篇集『無常の月』、ベイリーの奇想が炸裂するオリジナル短篇集『ゴッド・ガン』、表題作のネットドラマ化に合わせる形でマーティンの初期短篇集『ナイトフライヤー』(原著八五年)が、それぞれ刊行された。それ以前のクラシック作品としては、日本で人気の高いヤングのオリジナル短篇集『時をとめた少女』のほか、伊藤典夫翻訳SFアンソロジーが二冊(『ボロゴーヴはミムジイ』『最初の接触』)刊行された。後者は〈SFマガジン〉に埋もれたままの名作を集めた好企画であり、続刊を期待したい。三期以来長きに渡って刊行され続けてきたスミス《人類補完機構》が、全短篇を三巻に再編して完結したことも特筆すべきであろう。
新人の話題作が二つ。第二次大戦でアメリカが負けた世界を描く、ピーター・トライアスの改変歴史もの『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』★は、《新☆ハヤカワ・SF・シリーズ》と《ハヤカワ文庫SF》からの同時刊行という初めての試みも相まって、話題を集めた。続編『メカ・サムライ・エンパイア』★も同様の形式で刊行され、評判となった。前期で『火星の人』が話題を呼んだウィアーは、月面都市でのミッションを描いた第二長篇『アルテミス』を刊行している。他の新人注目作として、スウェターリッチ『明日と明日』、キャンビアス『ラグランジュ・ミッション』、マスタイ『時空のゆりかご』、バーク『セミオーシス』、ニューイッツ『タイムラインの殺人者』などが挙げられる。
シリーズものでは、スコルジー《老人と宇宙》、ブートナー《孤児たちの軍隊》、キャンベル《彷徨える艦隊》、アラン《真紅の戦場》、アレンソン《地球防衛戦線》、ヴェアー《時空大戦》、ダルセル《暗黒の艦隊》、ナトール《女王陛下の航宙艦》などのミリタリーSFが相変わらず隆盛である。他には、リドル《アトランティス・ジーン》三部作、テイラー《わが名はレジオン》三部作などが話題を集めた。《ローダン》は、一九年に六〇〇巻に到達した。
(文中の★印は星雲賞受賞作、☆印は「SFが読みたい!」ベストSF第1位を示す)
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