二〇三四年十一月、空から星が消えた。太陽を中心とした半径百二十億キロの完璧な球形をした〈バブル〉が、突如として出現したのである。誰が何の目的で作ったのか皆目見当がつかないまま三十年以上の時が過ぎ、二〇六七年のある日、元警官のニックは、重度の先天性脳損傷患者ローラ・アンドルーズの行方を探してほしいという依頼を受ける。自力では動けないはずのローラがロックされた病室から抜け出してしまったのだ。調査を続けて新香港にやって来たニックは、潜入した生化学研究所で逆に捕えられ……。
北オーストラリアの半島に人工的に作られた多国籍街である新香港の猥雑な空気、脳神経を再結線して脳自体にデコード機能を持たせるという秀逸なアイディア、テロリストに妻を殺された過去を持つニックのシニカルなキャラクターなどが組み合わさって、初めのうちは近未来ハードボイルド的な展開を示す本書だが、本題である量子力学が登場する辺りから、どんどん話が広がっていき、結末近く、天国と地獄に象徴されるめくるめくヴィジョンに到達する頃には、人類の行く末を描く本格SFの様相を呈することとなる。精巧な積み木細工のように、細かな描写を丹念に積み重ねているので、読者は飛躍を意識することなく、量子力学の観測問題から〈バブル〉出現の秘密に至るまでの緻密な論理の流れを堪能することが出来るだろう。アイディアの巧みさをじっくりと読み味わってほしい濃密な作品である。
自分が卒業した士官学校の校長となったシーフォートだが、生真面目な性格が災いし、学校の運営がなかなかうまく出来ない。出来の悪い生徒たちを指導しているうちに、シーフォートは自分の見習生時代をしばしば思い出す。そんなある日、恐るべき異星生物"魚"が太陽系を襲ってきた。なすすべもない人類を救うためにシーフォートが選択した最後の手段とは……。
作者の人物造形の巧みさと物語の上手さは相変わらず。しかし、この愚か者(シーフォートのことだ)が取った最後の手段は余りにもひどい。無茶苦茶だ。読んでいて激しい怒りを感じたし、決して許せるものではないと思った。シーフォートは、まず自分から率先して計画を実行し、後に続けと言うべきだったのである。このような悪行を扇情的に描くのではなく、悪行をヒロイズムと履き違えることの愚かさをこそ作者は徹底的に描くべきではなかったのか。今までもシーフォートは多くの人を結果的に殺してきたわけだが、今回のものはそれとはわけが違う。しかしながら、シリーズはまだ完結していないので、次巻以降の展開を興味深く見ていきたいと思う。