女性優位世界を扱った作品は往々にして、暴力に代表される男性性を排除し、女性性を賛美する傾向にあるけれど、本書は違う。クローン氏族が象徴する安定性、女性性は退廃と無気力をもたらすものとして、むしろ否定的に扱われている。そもそも、主人公マイア自身が、船員同士の荒々しい生活に身を投じ、男性の得意な生命ゲームに夢中になる、男性的な少女として描かれているのだから、男性中心主義に異を唱えるフェミニズムSFと思い込んで本書を手に取った方は、あれっと驚かれることだろう。「男性は戦うものではない」「男性はおしゃべりなもの」など、従来の女性性を男性が身にまとう着想の妙はあるけれど、本書には男性性そのものの価値を否定する姿勢はない。
従って、本書の正しい読み方は、ジェンダー論は脇に置き、純粋に一人の少女が孤独や友人の裏切りにも負けずに運命と向き合い、自ら成長しながら惑星の運命を変えていくという、一級品の冒険SFとして読むことであろう。ストーリィテラーとしては定評あるブリンのこと、健気なマイアの行く末をはらはらどきどきさせながら、読者のページをめくる手をやすませることはない。とりわけクライマックスで、海賊と闘いながらマイアが古代の機械の謎を解く場面は本当に手に汗握る面白さだ。ユニークな設定のもとで描かれた古典的な魅力溢れる冒険物語である。
コンピュータ関係の仕事をしていたジョー・コリガンは、ある日ピッツバーグの病院で目覚めると、記憶を失っていた。カウンセリングを受けながら、何年もかけて徐々に失った記憶を取り戻すジョーだが、何かが以前の生活と違う。周囲の人間とうまく折り合いがつかず、非現実感があるのだ。同じ悩みを持つ女性リリィと話し合ううち、二人は、自ら計画したコンピュータ・シミュレーションの中にまだいるのだと気づく……。
企業内の派閥争いという三文芝居が相変わらず描かれてはいるものの、メインは、あくまでもヴァーチャル・リアリティをどのように実現していくかという技術論にある。直接神経を刺激して触覚を作り出すピノキオ・システムに視覚および発声ヘッドギアを組み合わせたEVIE計画、さらに結合神経共鳴を利用したオズ計画へとシミュレーションが精緻になっていく過程にはぞくぞくさせられるものがある。しかも、計画の目的は人工知能を仮想空間との相互作用によってボトムアップ的に進化させることにあるというのだから、面白い。仮想空間がリアルになっていくことが即ち人工知能の進化だという実証的な発想が、極めてホーガンらしいところだ。
アイルランド出身の主人公が故郷に帰る場面では、実際の風俗や生活が細かく描かれており、アイルランド系作家ホーガンのルーツを垣間見ることができる。また、故郷とは、派閥争いに疲れたジョーが科学者としての自分を取り戻す所でもあり、作家として自分の原点にふと立ち返ったホーガン自身の姿を重ね合わせて読むこともできるだろう。ユーモアに満ち、結末はハッピーエンド、ともかく理屈抜きに楽しめる一冊である。