SF Magazine Book Review
作品名インデックス
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1999年6月号
『星ぼしの荒野から』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
『幻惑の極微機械(上・下)』リンダ・ナガタ
『AIソロモン最後の挨拶』ジョン・マクラーレン
『中間生命体』テス・ジェリッツェン
『星ぼしの荒野から』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
(1999年3月31日発行/伊藤典夫・浅倉久志訳/ハヤカワ文庫SF/840円)
待望久しい、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの第四短編集『星ぼしの荒野から』が刊行された。原著は八一年刊行。ラクーナ・シェルドン名義で発表された短編を含む計十編が発表順に収められている。いずれも粒揃いの傑作ばかりだが、とりわけティプトリーの正体(軍隊やCIA勤務の経験がある女性)が明らかにされた七七年以降に書かれた作品が興味深い。順に読んでいくと、八〇年発表の「スロー・ミュージック」が明らかに彼女のターニング・ポイントであったことがよくわかるのだ。それまでのエネルギッシュで緊張感の漂う文体、複雑な構成に比して、ゆったりと落ち着いた語り口、地上に取り残された二人の男女の愛を描くストレートな構成の本編は、技巧的で冷徹な短編作家としてのティプトリーから、『たったひとつの冴えたやり方』に見られるようなセンチメンタルなストーリイテラーとしてのティプトリーへの橋渡し的な作品となっている。
異星人の心が取りついたために星への憧れを持つことになった少女ポーラの運命を描いた表題作「星ぼしの荒野から」(八一年)や、醜さ故に男性から虐待を受けた女性キャロルが人間世界を飛び出して星ぼしの彼方へ向かう「たおやかな狂える手に」(八一年)では、物語性がより前面に押し出されており、新境地を開いた形となっている。特に後者はまさしく「愛と涙と感動」の一大傑作。キャロルに共感できる人なら余りにも悲しい結末に涙せずにはいられないだろう。
表面的な作風の変化に伴い、彼女のデビュー以来の主題である「他者(男、人類)からの疎外感に基づく星ぼし(エイリアン、真実の故郷)への憧れ」も徐々に変化している。「スロー・ミュージック」で人間性への愛を描いて以降、単純な人類の切り捨てや超越への希求は見られなくなる。星ぼしを手に入れたエイリアンが人間の生活を愛しく思ったり、星ぼしの彼方で出会うのは結局のところエイリアンの皮を纏った人間的な愛でしかなかったり、星ぼしへの憧れと地上への愛との相克が各所で見受けられるのである。
他にも、初期作品のファンならドタバタ調の「天国の門」を、フェミニズムの視点から読むなら男性による女性殺しを扱った「ラセンウジバエ解決法」を、といった具合に多様な視点から作品を楽しむことができる。ティプトリーの偉大さを再認識させられること間違いなし、必読の傑作短編集である。
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『幻惑の極微機械(上・下)』リンダ・ナガタ
(1999年2月28日発行/中原直哉訳/ハヤカワ文庫SF/上下各660円)
昨年刊行された第一作が高い評価を受けたリンダ・ナガタの第三長編『幻惑の極微機械(上・下)』は、宇宙に進出した人類の姿を描いた雄大なスケールの作品である。委員会星団から巨船でやって来たジュピター率いる移民たちは、陥穽星に降り立つために、軌道エレベーター中にある絹市と戦闘状態となる。ジュピターは行方不明となり、息子のロトは絹市に囚われの身となった。成長したロトは、父の生死を確かめるために陥穽星に降りようとするのだが……。若輩者と真人間に別れた絹市の社会構造、人を魅了するカリスマータという化学物質、惑星の意識とも言うべきコミュニオンなど、ユニークなアイディアがぎっしりと詰め込まれ、少年の成長と惑星へ降下する冒険の旅とが巧く重ね合わされた本書は、決して読みやすいとは言えないが、一読の価値はある力作と言えるだろう。
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『AIソロモン最後の挨拶』ジョン・マクラーレン
(1999年3月19日発行/鈴木恵訳/創元ノヴェルズ/680円)
後は、駆け足で。ジョン・マクラーレンの『AIソロモン最後の挨拶』は、人工知能の研究に全てを賭ける天才プログラマが癌にかかり、その余命で驚くべき仕掛けを作り上げるという肩の凝らないエンターテインメントで、とにかく楽しく読むことができた。
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『中間生命体』テス・ジェリッツェン
(1999年2月28日発行/浅羽莢子訳/角川書店/2000円)
テス・ジェリッツェンの『中間生命体』は、次々と謎の死を遂げる老人たちの死因を巡る医学サスペンス。ERに勤める女医の活躍で一気に読まさせられ、遺伝子操作の恐ろしさをまざまざと見せつけられる作品だ。
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