二点間の瞬時の移動を可能にする、ショートカットと呼ばれる通路を人類が発見してから十七年が過ぎた。銀河系全体で四十億はあると思われるショートカットのうちいくつかを利用して、人類はウォルダフード族とイブ族という二つの異星種族とコンタクトを果たし、イルカを加えた四種族が惑星連邦を形成している。そして、二〇九三年、直径二九〇メートル、デッキ七十層から成る連邦史上最大の宇宙船スタープレックス号が、銀河系の探索を行うために発進した。出発してから一年後、四種族で構成される乗員一千名を統制する指揮官キース・ランシングは、新たなショートカットが発見されたとの知らせを受け取る。早速探測プローブを送り出したキースたちだが、戻ってきたプローブの映像を見て驚いた。宇宙空間では、またたかないはずの星が、またたいているのだ。いったい何がそこにあると言うのか。ショートカットを抜けたスタープレックス号は、驚くべき物質をそこで発見する……!
とここまでのあらすじ紹介で百頁とちょっと。物語は快調なペースでぐんぐん進んでいく。いやあ、やっぱりSFはこうでなくっちゃ。船内での人間関係や異星人同士のトラブルもそりゃあ、あるにはあるけれど、ソウヤーは、そちらはさらりと流して、次々に奇想天外な事件を起こしてみせてくれる。宇宙の大部分を占めるのではないかと言われている暗黒物質の正体は何か、六種類と思われているクォークがあと二種類存在したらどうなるのか、宇宙の年齢よりも年を取っている恒星は存在可能か、言い換えれば時間旅行は可能なのか、など数多くの物理学的または天文学的疑問が提出されては、すぱすぱと解決されていく。快刀乱麻を断つがごとき解決の鮮やかさはソウヤーならではのものである。
さらに、本書のスケールの壮大さは、二百億年の時が流れるバクスターの《ジーリー》シリーズに匹敵すると言ってもよいほどで、これまた本書の魅力の一つとなっている。『ターミナル・エクスペリメント』に不満を感じたハードSFファンも、これなら納得することだろう。とりわけ、スタープレックス号の目の前でショートカットから恒星が出現する場面のイメージ喚起力は圧倒的だ。故郷から六十億光年も離れたところに来てしまったスタープレックス号の乗組員が銀河系を外から眺めるという、しみじみとした「あはれ」の漂うシーンと合わせて、SFでなければ味わえない宇宙の雄大さを満喫することができた。
七つの要素が統合された生物であるイブ族のユニークな生態や、惑星並みの巨大生物とのコミュニケーションなど、異星人の描写もソウヤーはそつなくこなしており、ウォルダフード族との宇宙戦闘といったアクション場面も盛り込まれている。キースと若い女性乗務員とのよろめき話もあったりして、とにかく本書はサービス度満点の出来栄えなのである。
宇宙への進出が地球に軍縮をもたらし、銀河レベルでの思考が異種族間の争いを収めていくという余りにも楽天的な考えに、おいおいと言いたくもなるけれど、実はその楽天性こそがソウヤーの作品の魅力なのだろう。初心者からすれっからしのマニアまで、誰にでも安心してお勧めできる、ソウヤーの会心作である。
題名を見て、お伽の国に住む愛らしい妖精たちを連想してはいけない。本書に登場するフェアリイとは、突き出した口吻に鋭い歯、青白い肌の小動物であり、時には平気で人間の喉笛を食い破る恐ろしい存在なのだ。狼男と呼ばれる元戦士が、フェアリイの進化のために女の子の卵巣を切り取り、男の子をさらう。楽しく安全であったテーマパークが、グロテスクな巣窟と化している。親しみやすく穏やかなはずのフェアリイが、テクノロジーに裏打ちされたおぞましく残酷な存在として描かれているというダブル・イメージが、本書の与える衝撃の核となっていることは間違いない。眠ると何度も繰り返し見てしまう悪夢のような妖しい魅力がフェアリイ・ランドにはあるのである。
この悪夢に取りつかれ、フェアリイ・ランドを探し続けるアレックスには、見果てぬ夢を見続ける夢想者の趣きがある。ミレーナが「フェアリイ・ランドは場所じゃない。超革命のポテンシャルなの。」(二七三頁)と語るとおり、フェアリイ・ランドとは、いつまでも自由を求めて止まない精神の隠喩なのだ。現実の革命運動が常に衰退していくのに対して、ミレーナの超革命は本書の結末において遂に達成される。しかし、それはフェアリイやアレックスが決して到達できない高みにおいてであった。
不死の命を持つポーの一族を追い続けた老人オービンの例を持ち出すまでもなく、永遠への憧れ、永久への夢想を人は常に持ち続ける。アレックスとフェアリイとの死闘を通じて、その一途さも、愚かさも、マコーリイは見事な筆致で描き出してみせた。作者の専門であるバイオテクノロジーはもちろんのこと、フェムボットと呼ばれるナノテク・ロボット、最後に重要な役割を果たすコンピュータ・ネットワークなどのSF的道具立てもしっかりしており、第二部に登場する医療技師モーラグ、第三部で活躍するジャーナリストのトッドとスパイクなど、個々のキャラクターも魅力的だ。『グリンプス』ほど明確ではないにせよ、あちこちに六〇・七〇年代ロックの残り香が感じられるところも、個人的には気に入った(昇る太陽の最初の光、白い部屋、明日なき暴走、とタイトルを並べておけば、わかる人にはピンと来るでしょう)。読んで損のない傑作と言えるだろう。