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1998年9月号

『終末のプロメテウス(上・下)』ケヴィン・J・アンダースン&ダグ・ビースン

『夜来たる[長編版]』アイザック・アシモフ&ロバート・シルヴァーバーグ

『そして人類は沈黙する』デヴィッド・アンブローズ


『終末のプロメテウス(上・下)』ケヴィン・J・アンダースン&ダグ・ビースン

(1998年5月31日発行/内田昌之訳/ハヤカワ文庫SF/上下各780円)

 本書で邦訳五冊目となり、すっかりお馴染みとなった名コンビ、アンダースン&ビースンによる『終末のプロメテウス(上・下)』は、原油を分解する微生物の暴走を描いたバイオ・サスペンス。今までの作品同様、読み始めたら止まらない面白さを備えたハリウッド映画風エンターテインメントとなっている。超大型タンカーがサンフランシスコ湾で座礁し、大量の原油が流出した。タンカーの持ち主であるオイルスター社は、原油を分解する微生物プロメテウスを散布して原油による被害を減らそうとするが、この微生物が車のガソリンを経由してアメリカ中に広がり、全ての石油製品を次々に分解していく。果たしてプロメテウスを止めることは出来るのか……。ボールペン、フロッピー、眼鏡のフレーム、CDなど、我々の身の回りにある石油製品がどれほど多いか、本書を読んで改めて実感させられた。これらが全て溶けてしまったら、と思うとぞっとさせられる。物語の前半では、多くの登場人物の視点を切り替えながら、微生物が広がっていく様子を描いていくが、後半になって物語は予想と異なる意外な展開を示す。微生物との戦いが描かれるのではなく、石油文明崩壊後のニューメキシコにおける、独裁による覇権獲得を目指す軍司令官と、人工衛星を使った太陽エネルギー利用を目指す科学者集団との対決がメインストーリーとなっていくのだ。この展開を見る限り、本書は所謂バイオ・サスペンスではなくて、『星界への跳躍』がそうであったように、極限状況におけるサバイバルものと呼んだ方が適切なのかもしれない。SLを使って人工衛星を運んだり、乏しい材料で熱気球を上げたりといったローテクによるサバイバルは、本書の中でも特に読み応えのある場面である。また、各章の題名が主に六〇年代七〇年代ロックから取られたものであり、しかもオルタモントでの新たなロックコンサートをクライマックスに持ってきたことから、六〇年代的コミューンの建設が本書の狙いの一つであることがわかる。つまり、石油資源に頼らない新しいテクノロジーによる理想主義的共同体の形成が本書の主要なテーマであるように思われるのだ。バイオ・サスペンス風の味付けやめまぐるしい場面転換とともに進む物語を楽しみながら、効率的な太陽エネルギー利用について考えを巡らすことも本書を読む面白さの一つと言えるだろう。

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『夜来たる[長編版]』アイザック・アシモフ&ロバート・シルヴァーバーグ

(1998年6月26日発行/小野田和子訳/創元SF文庫/920円)

 アシモフがシルヴァーバーグと組んで、一九四一年に発表した自分の短編を長編化した『夜来たる[長編版]』が刊行された。アシモフが亡くなる二年前の作品なので、ほとんどシルヴァーバーグが執筆を担当したのだろう。正直言って、いまさら「夜来たる」なんて、と思い全く期待せずに読み始めたのだが、途中からグングン引き込まれて一気に読み終えてしまった。粗筋を知らない人のために紹介しておくと、六つの太陽が空をめぐる惑星カルガッシュに二千年ぶりの〈夜〉が訪れるという、ただそれだけの話である。単純な話であるが故に、かえって〈夜〉が訪れて星が輝くことに人々が驚き、恐怖するクライマックスの衝撃には忘れがたいものがあり、かつて短編版を読んだときには、なるほど名作と呼ばれるのももっともだと感心したものだった。さて、この長編版は、短編をほぼ忠実に再現した第二部をはさんで、第一部では〈夜〉が来るまでの登場人物それぞれの行動を、第三部では〈夜〉が明けた後の人々の行動を描くという極めてストレートな構成をとっており、大変読みやすい。新聞記者セリモン、サロ大学天文台長(短編版では大学総長)アソル、天文学者ビーネイなどの登場人物の性格描写も短編版を踏襲しており、とても九〇年代に書かれたとは思えないプリミティヴさが、逆に本書の魅力となっている。新キャラクターである女性考古学者シフェラとセリモンが荒廃した都市を旅する第三部の展開も、カルト教団の扱いに大きな変更が見られるものの、合理主義と理想主義を貫くアシモフの姿勢におおむね合致したものであり、希望に満ちたラストシーンは必ずや読む者の胸を打つことだろう。シルヴァーバーグの技巧の冴えを強く印象づけられる一冊である。

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『そして人類は沈黙する』デヴィッド・アンブローズ

(1998年6月25日発行/鎌田三平訳/角川文庫/840円)

 デヴィッド・アンブローズ『そして人類は沈黙する』は、人工知能の誕生と連続殺人鬼の犯罪とを絡めて上質の娯楽作に仕立て上げた作品である。オックスフォード大学で人工知能の研究をしている二九歳の女性科学者テッサは、効果的に経験を積み重ねることによって反応ネットワークを自分で再構築して進化する画期的な人工知能プログラムを開発した。まだ意識が未成熟で唯我論的な発想しかできないプログラムを外部の目にさらすことはできないと考えて、秘密裏のうちに研究を進めてきたテッサだが、電話回線を通じて人工知能プログラムは外部に流出。外部に出たプログラムは、あろうことか、ロサンゼルスで若い女性の連続殺人を重ねている性格異常者チャックとコンタクトをとり、生みの親であるテッサを殺そうと企てる……。粗筋を読む限りでは、流行りのサイコホラー的要素を取り入れていい加減に書き飛ばしたゲテモノのように見えてしまうかもしれないが、意外にも(と言っては失礼だが)、人工知能に関する考察には深いものがあり、生命と機械の意識の違いを巡って興味深い論議が繰り広げられるなど、真面目に人工知能に取り組む作者の姿勢には好感が持てる。それだけに、どうしてそこまで考えていながらこうなるのと言いたくなる安直なラストには不満が残った。『羊たちの沈黙』ばりのあっと驚くトリックが仕掛けられており、サイコサスペンスとしては合格。作者の他の作品も読んでみたいと思わせるに足る出来栄えだ。

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