スティーヴン・バクスターの未来史《ジーリー》シリーズの完結編『虚空のリング(上・下)』が早くも刊行された。初紹介からほぼ二年半でシリーズの全長編四作が翻訳されるとは、なかなか良いペースではないのだろうか。『天の筏』と『フラックス』は単独でも楽しめる作品なので、取りあえず『時間的無限大』だけは本書を読まれる前に読んでおくことをお勧めしておく。
異星種属クワックスの来襲から一二〇年後、人類はマイケル・プールの残した記録から驚くべき事実を観測していた。理論的には数十億年先に起きるはずの太陽の赤色巨星化が理論よりも早く、わずか数百万年先に起きているのだ。この謎を探るべく宗教団体スーパレットによって集められた4人の乗組員は、GUT船〈グレート・ノーザン〉に乗り込み亜光速航行による未来への旅に出発する。様々な苦難を乗り越えて辿り着いた五百万年先の宇宙で彼らを待ち受けていたものは……?
太陽の内部に棲息するヴァーチャル人格、暗黒物質により構成された生命体フォティーノ・バード、超光速宇宙艇ナイトファイター、そして宇宙の支配者ジーリーによって建造された直径一千万光年以上(!)の超巨大円環体〈リング〉、等々またしてもハードなアイディアに基づいた小道具大道具が次々と繰り出される。基本的には単純な冒険物語なのだが、ここまで魅力的なアイディアがあちこちに散りばめられていれば、もうそれで十分。凝った構成も華麗な文体も何もいらないや、という気にさせられてしまうから(ホントはあった方がいい)、バクスターも大したものである。閉鎖的な空間内部で話が進められた『天の筏』『フラックス』に比べて、本書では移動に次ぐ移動、太陽系からケンタウルス座へ、ケンタウル座から銀河の外へと旅することによって、めくるめく爽快感をたっぷりと味わうことができる。おまけに、その宇宙空間の描写が今回は絶品なのである。特に木星の衛星カリストから巨星化した太陽を眺める場面は、必ずやSFファンの心の琴線に触れずにはおかない詩情と哀感とを漂わせて必読の名シーン。ともすれば、最新の科学知識が上滑りしていた感のあったバクスターだが、本書ではそれが無理なく小説と融合され、しかも新たな詩情を喚起しているというところに見るべき点があると言えるだろう。文字通り宇宙を股に掛けた壮大なスケールで展開される、完結編にふさわしい超大作である。
アシモフの初期作品集の第二弾『ガニメデのクリスマス』が刊行されている。クリスマスにサンタが来ないと働かないと言い出したガニメデの原住民をだますためにサンタの扮装をさせられる男を描いた表題作を初めとして、今回はアシモフのユーモラスな面が強調されたセレクションとなっている。特にフレデリック・ポールと共作した「地下鉄の小男」「幽霊裁判」などは都会的なセンス溢れるモダンなファンタジイといった趣で、なかなか楽しめる。おそらくポールの持ち味がよく出ているのであろう。それまでの作品が科学的アイディアに偏ったものばかりだったので、なおさら新鮮に映る。
意外だったのは、こうしたユーモア・ファンタジイにアシモフが強い興味を示していたことだ。《アンノウン》に自分の作品を載せてみたいという願いは結局果たせないまま雑誌は休刊してしまうのだが、もしもアシモフがこちらの方向に進んでいたら……と思うとやはりキャンベルがこうした作品を没にしていたのは正解だったのかもしれないなどと思ってしまった。ファウンデーションやロボットものが書かれなかったら、やはり悲しいものね。キャンベルの人種主義者としての一面をチクリと批判してみせたり、相変わらず肝心の短編よりもコメントの方が面白い作品集ではあるが、エッセイも作品のうちと考えれば一読の価値はあるだろう。
書籍が売れないと言われる日本においても、映画のノヴェライゼーションは相変わらず花盛り。よく翻訳され出版されている。要するに映画の助けを借りないと書籍の売り上げが伸びないということで手放しでは喜べない状況なのだが、SFジャンルに限って言えば、英米での新人作家や中堅作家が意外な作品で翻訳されたりしていて結構目が離せない世界となっている。最近では、『JM』のノヴェライゼーションをテリー・ビッスンが担当して衆目を驚かしたことが記憶に新しい。今月は、大作『冬長のまつり』で国内デビューを飾ったエリザベス・ハンドが手掛けた、テリー・ギリアム監督の最新SF大作『12モンキーズ』のノヴェライゼーションを紹介しておこう。
〈一二匹の猿軍団〉と呼ばれる謎の結社がまき散らしたウィルスによって五〇億の人類が死に絶えた未来、そこでは生き残った人類が地下で細々と暮らしていた。人類を破滅から救うため、囚人の中から選ばれて過去に送り込まれるジェームズ・コール(映画ではブルース・ウィルスじゃなかったウィリス)。彼は人類を救うことができるのか。そして〈一二匹の猿軍団〉の正体は……?
このストーリーだけでも十分面白そうなのに、冒頭のエピグラムを読んでびっくり仰天。何とクリス・マルケルによる幻の傑作映画『ラ・ジュテ』からの引用だ。更に解説で駄目押し。『12モンキーズ』の脚本は、『ラ・ジュテ』にインスパイアされて書かれたものだったのだ。『ラ・ジュテ』は私も随分前に観たきりだが、その一分の隙もない映像(すべてスチール写真!)と円環構造を成す物語の美しさに舌を巻いた覚えがある(他のマルケル作品では、ドキュメンタリーの『サン・ソレイユ』も良かった)。そのリフォーム版が面白くないわけがない。そう思って読み進めたのだが、その期待は裏切られなかった。さすがにハンドらしさは押さえられているが、適度なゴシック趣味という点ではギリアムとも共通しているハンドのこと、筆運びにもそつがなく映画の雰囲気を良く伝えている。ただし、全体の色はやはりギリアムのものだ。彼の作品の特色である夢と現実の等価性が、過去と未来の形を取って表れる所などは読んでいてゾクゾクしてくるほどの出来の良さ。こういう感覚を味わわせてくれる映像作家って、他には押井守ぐらいしかないんだよね。その押井守が大学の卒業制作映画を作る際に多大な影響を受けたのが、このマルケルの『ラ・ジュテ』だというのをどこかで読んだことがあるのだけれど、本書によってギリアムと押井守の作家的基盤の共通性を図らずも確認できたことが個人的には収穫であった。
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