SF Magazine Book Review

1996年1月号


『ドゥームズデイ・ブック』コニー・ウィリス

『ファウンデーションの誕生』アイザック・アシモフ

『ボイド――星の方舟』フランク・ハーバート

『時間の中の子供』イアン・マキューアン


 今月は何故かハードカバーばかりとなってしまった。量は少ないものの、新旧取り合わせて、実り豊かな秋である。

『ドゥームズデイ・ブック』コニー・ウィリス

(1995年10月31日発行/大森望訳/早川書房/3600円)

《夢の文学館》は順調に巻を重ねて、第四巻が刊行された。コニー・ウィリスのヒューゴー・ネビュラ両賞受賞作『ドゥームズデイ・ブック』は、文字通り息をもつかせぬ面白さで迫るタイムトラベル&アウトブレイクものの佳作である。
 二〇五四年のオックスフォード大学。いくつかの制限つきでタイムトラベルが実用化されたこの時代、キヴリンという名の女子学生が調査研究のために一四世紀のオックスフォードへ旅立つ。ペストの流行を避けて一三二〇年を選んだキヴリンだが、現地に着くや否や原因不明の熱病に襲われ、意識を失ってしまう。と同時に大学側でも、マシンを操作していたネット技師が高熱を発して倒れる。かくして二つの時代で、疫病との戦いが開始された。二人を襲ったウィルスは同じものなのか。果たして、キヴリンは無事に元の時代に帰って来られるのか……。
 強烈なサスペンスでぐいぐい読者を引っ張っていくタイプの作品で、二段組六百頁をあっと言う間に読ませる筆力は本当に大したもの。アイディアに目新しさはないが、リアリティ溢れる中世社会の描写、饒舌な会話を通じて浮かんでくる登場人物の魅力、全てがプロフェッショナルという感じでもはや貫禄さえ感じさせる。ウィルスとの戦いというテーマ自体は古典的なものだが、それをタイムトラベルと絡め二つの時代で同時に並行させて描いたのはおそらくウィリスが初めてなのではないだろうか。二〇五四年の描写がオックスフォード大学内に限定されてしまったため、中世社会と近未来社会との対比という点では必ずしも成功しているとは言い難いが、時を超えた師弟愛、最後まで人々を救い続けた中世の神父など、人々の情感に訴えるという点では本書は高い評価を与えられるべきだろう。トリプル・クラウンも宜なるかな、の出来映えである。

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『ファウンデーションの誕生』アイザック・アシモフ

(1995年10月15日発行/岡部宏之訳/早川書房/2200円)

『ファウンデーション』を最初に読んだのは中学生の頃だった(『銀河帝国の興亡』と呼んだ方がしっくり来る人も多いのでは)。心理歴史学という言葉の新鮮な響き、直径十万光年の銀河系を舞台とし数千万年の時が流れる壮大なスケール、そして何より第二ファウンデーションの所在を巡る謎解きの面白さに夢中になったものである。その頃、実は友人の間でSFの名作を自分で漫画化するというような恥ずかしいことが流行っていた。私はクラークの「時間がいっぱい」などを勝手にアレンジして楽しんでいたのであるが、実はこのファウンデーションも映像化してやろうと不遜な企みを抱いたことがある。実際に漫画にしたかどうかは忘れてしまったが、記憶の中のファーストシーンは今でも鮮明だ。漆黒の宇宙空間を漂う一冊の本。何故かはらりとページがめくれて、エンサイクロペディア・ギャラクティカの一節が始まる……。
 とまあ、このように、シリーズ第七作にしてアシモフの遺作ともなった『ファウンデーションの誕生』は、一度でも彼の作品に夢中になったことがある人ならそれぞれの感興を抜きにして語ることができない一冊である。前作に引き続いて主人公は銀河帝国の滅亡を予期した若き日のハリ・セルダン。彼の目的はもちろんただ一つ、心理歴史学を完成させ、帝国の歴史や文化を保存したファウンデーションを設立することだ。帝国首相のデマーゼル、妻のドース、息子のレイチらの協力を得て、様々な困難を乗り越えながら計画は進むが、その間にも無常に時は過ぎ去っていく。四十歳、五十歳、六十歳と各部ごとにセルダンが十ずつ年を取っていく構成になっているので、時の流れが彼に及ぼす影響がくっきりと浮かび上がるようになっている。身体が思うように動かず、親しい人に先立たれるセルダンの嘆きには、どうしてもアシモフ自身の生涯が重ね合わされる(彼は妻に先立たれたわけではないが)。とすると、セルダンが生涯を賭けた心理歴史学はサイエンス・フィクションになると言いたいところだが、これは少々身びいきが過ぎるかも。ミステリも書き、何よりすぐれた科学解説者であったアシモフをSFだけの枠で括ることはできない。しかし、それを承知で敢えて言わせてもらえば、やはりアシモフはSFをこよなく愛していたのだと思う。そうでなければ、三〇年近くも経ってからいきなりファウンデーション・シリーズを復活させたり、ロボットものとの融合を図ったりという晩年の活動は説明できまい。第一作に続く円環構造を成した本書の結末を読みながら、小説としての欠点はいくらでも指摘できるにせよ、それにしてもアシモフはSF作家として見事に自らのキャリアを完結させてみせたことだ、と感慨もひとしおであった。オールド・ファンには必読と言っておこう。

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『ボイド――星の方舟』フランク・ハーバート

(1995年11月20日発行/小川隆訳/小学館/1500円)

 もともとは集英社のSFシリーズで出版予定であったフランク・ハーバートの問題作『ボイド――星の方舟』が、小学館の地球人ライブラリーから発刊された。巻末の関連ブックガイドが懇切丁寧な同シリーズからは既に『第四次元の小説』『山椒魚戦争』『ロスト・ワールド』の三冊がSFとしては刊行されているが、全て再刊(改訳含む)であり、新刊はこの『ボイド』が初めてである。それにしても、かなり難解な哲学小説の趣さえある本書は、他のラインナップから随分浮いているような気がするなあ。いいのだろうか。
 三千名の乗員を乗せてタウ・ケチへ向かう宇宙船〈地球人〉号。六名の基幹クルーと有機知能核と呼ばれる人工知能を除くと全てが凍眠している中で、人工知能が異常をきたし、六名のうち三名が死亡してしまう。人工知能を停止した後で、残った三名は一人を補充し、ムーンベース連合の指示を仰ぐとともに、人工知能に代わる人工意識を作り出そうと試みるが……。
 本書の主題が、地球からの人類移住ではなく、意識を巡る論議にあることは明らかだ。タウ・ケチへ向かうというシチュエーションは、人工意識発生の過程を描くために無理矢理設定されたものでしかない。解説にもある通り、なぜタウ・ケチへ人類が送り込まれる理由やそれがなぜクローンなのかは一切説明されていないのである。ただ、ハーバートは延々と四名の登場人物に「意識とは何か」「どうすれば意識を作り出すことができるか」を議論させ、ついには本当に彼らに人工意識を創造させてしまう。この辺り、かなりスリリングな雰囲気が漂い、『二〇〇一年』のハルとのやり取りなども思い起こされ(と言っても発表は本書の方が先。ハーバートの先進性に驚くばかりだ)、SFの醍醐味を感じさせる。小説の格好を崩してまで、無骨に展開される論議に知的興奮を感じ取れるかどうかが、この小説を評価するかどうかの分かれ目になるだろう。

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『時間の中の子供』イアン・マキューアン

(1995年9月7日発行/真野泰訳/中央公論社/2200円)

 タイトルを見て思わずディープ・パープルを連想してしまう人もいるだろうイアン・マキューアンの『時間の中の子供』は、実はパープルとは全く関係がなく、近未来のイギリスで、子供を誘拐された夫婦の家庭崩壊とその再生を描いた少々ヘヴィーで心に染み入る物語である。作中、主人公の友人の女性物理学者が語る科学論や主人公が自分が生まれる前の実の両親に何故か出会うシーンなどにSFっぽさが感じられるものの、あくまで主眼は子供を失った主人公の悲しみ、サッチャリズム批判などにある。隠し味としてさらりとSFを扱った一冊といったところ。

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 恒例となった創元文庫秋の復刊フェア。今回は、昨年の〈非A〉に続いてヴォークトの二部作『イシャーの武器店』(新解説)『武器製造業者』、リメイクで話題の『猿の惑星』、野田昌宏お墨付き『惑星間の狩人』(新解説)の四冊。負けじと五〇周年の早川書房もSFシリーズ(!)四冊、ヴォークト、ハミルトン、ヴァーリイなどのSF文庫を復刊している。買い逃していた方はこの機会に是非どうぞ。

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