SF Magazine Book Review

1995年11月号


『ゴジロ』マーク・ジェイコブスン

『キャピトルの物語』オースン・スコット・カード

『シミュレーションズ』ケアリー・ジェイコブスン編

『世界の秘密の扉』ロバート・チャールズ・ウィルスン


 先月に引き続き、今月も注目作、収穫作が多かった。暑い夏を吹き飛ばすほどの面白さ──と言いたいところだが、いやあ、やはり暑いものは暑い。この号が出る頃には少しは涼しくなっているのだろうか。

『ゴジロ』マーク・ジェイコブスン

(1995年8月5日発行/黒丸尚・白石朗訳/角川書店/2300円)

 新鋭マーク・ジェイコブスンが丸八年をかけて書き上げた処女作であり、九一年の発表以来ジャンルを超えてカルト的な人気を博しているという『ゴジロ』が、角川書店よりハードカバーで刊行された。『ニューロマンサー』の翻訳で知られた故黒丸尚の訳を白石朗が引き継ぐ形で完成させたものである。題名とあらすじだけを見ると単なるゴジラのパロディでキワモノではないのかと思う人がいるかもしれないが、それは大間違い。本書は様々な要素をごちゃ混ぜにしてぶち込んだ大作であり力作なのである。ざっと挙げるだけでも、核開発に関する問題、進化論、神学論、物語論、映画を中心とした芸術論、そして少年と怪獣との友情など、いくつもの要素がこれでもかというぐらいに詰め込まれている。よく煮込んだスープのようなコクのある味わいだ。
 広島に原爆が投下されてから三二年。南太平洋の放射能島で、トカゲから進化した怪獣ゴジロと、原爆のせいで九年間眠り続けた〈昏睡少年〉であったコモドは、島に移り住んできた突然変異の子ども──〈アトム〉たちと一緒に暮らしている。コモドとゴジロは映画を作り続け、全一六作のゴジロ映画は熱狂的なファンを産んだ。そんなある日、アメリカのシーラ・ブルックスという女性から一通の手紙が届く。ゴジロ映画の最新作を「ゴジロvsジョーゼフ・プロメテウス・ブルックス」なるテーマで作りたいというのだ。核爆弾開発計画のリーダーであったジョーゼフとは、シーラの亡き父に他ならない。手紙にただならぬ雰囲気を感じとったコモドは縮小薬を使って二センチ程になったゴジロと共にハリウッドに乗り込むが……。
 一九五四年に作られた元祖「ゴジラ」が、核の恐怖を暴れ回るゴジラによって表すだけでなく、恐怖をもたらす側となった科学者の贖罪をも描いた優れた作品となっていたことを思い出す。また一九八八年に上演された大橋泰彦作の戯曲「ゴジラ」(傑作なんだけど、見た人は少ないかも)が人間が演ずる等身大のゴジラの恋愛を通じてフリークであることの悲哀を見事に描き出していた。本書においても、科学者の倫理的責任を問うたり、ゴジロが人間の女性に叶わぬ恋をしてみたりする場面はあるものの、決してそれが中心的な主題とならない点に、複雑な様相を呈した現代をまるごと取り込んでしまおうとする作者の壮大な意図が認められる。と言っても決して語り口は堅苦しいものではなく、むしろ軽妙でユーモラス。複雑な構成の割にはすいすい読まされてしまう。解説によればヴォネガットやピンチョンを思わせるという評が本国では多いようだが、確かに、原爆投下を〈神〉へのメッセージと捉えて人類の愚行を相対化する視点やコモドの胸に刻まれた三重丸の意外な正体が明かされる場面などには、ヴォネガットからの影響が強く感じられた。個人的に印象に残ったのは、シーラが製作したという作中映画〈大津波〉の美しいイメージ。ILMにフルCGで映画化してもらいたいほどの素晴らしさである。という具合に細部を見ていくだけでも十分楽しめる、再読・再々読に耐える小説として精読をお勧めしたい。

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『キャピトルの物語』オースン・スコット・カード

(1995年8月31日発行/大森望訳/ハヤカワ文庫SF/560円)

 カードの原点とも言うべき《ワーシング年代記》の第二巻『キャピトルの物語』は、二冊の本をまとめて一つの分厚い長編に仕立てあげた第一巻『神の熱い眠り』とは打って変わって、初期短編九つを集めたコンパクトな一冊となっている。ただし、このうちのいくつかは『神の熱い眠り』の中のエピソードとして取り込まれているので後から本書を読むと落ち穂拾い的な印象を受けてしまうが、まあ、それは致し方ないことだろう。
 人類が宇宙に広がり、帝国によって支配されている時代。ソメックと呼ばれる人工睡眠により人々は寿命を延ばしている。一年覚醒した後三年の睡眠を取るという具合にして数百年の人生を「水切り石のように」過ごすのだ。ただし、ここで、社会的な地位の高い者や学問・芸術の能力の高い者しかソメック睡眠の権利を獲得できないという条件を設定した所にカードのうまさがあるわけで、権利を持つ者と持たざる者との間に生じる様々な葛藤をカードは巧みな腕さばきですくいあげ、鮮やかな物語に仕立てあげていく。
 第一部(ソメックもの)の中では、人工睡眠時の記憶消失を利用して人生をリプレイさせられた女性とリプレイさせた男性との悲劇を描く「第二のチャンス」、ループと呼ばれる体験テープのセックス女優と本気で彼女に恋した男優とのすれ違いを描いた「ライフループ」などが印象に残った。ただ、短編になると目立ってしまうのだが、心理的苦痛の解決を目指すカード独特の物語とソメックやループといった如何にもSF的な設定との間にはどうしても違和感がある。その意味では、第二部の牧歌的な農村を舞台に作品の方が遥かに安心して読むことができた。この辺りにカードの面白さを解く鍵がありそうな気がするけれど、どうだろうか。

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『シミュレーションズ』ケアリー・ジェイコブスン編

(1995年8月10日発行/浅倉久志・他訳/ジャストシステム/2600円)

 最近「ワイアード・日本語版」や「ケイプX」などコンピュータ・カルチャー誌とでも言うべき雑誌が次々と創刊されて、活況を呈している。単行本においても、国内SFはアスキーなどが以前から手がけてはいたけれど、「一太郎」で有名なジャストシステムが、ケアリー・ジェイコブスン編の海外SFアンソロジー『シミュレーションズ』刊行によって翻訳SF市場に参入してきた。ジャストシステムは同時に〈小松左京コレクション〉全五巻も刊行予定であり、SF出版における思わぬ台風の目となりそうである。
 さて、肝心の中身の方はと言うと、ブラッドベリ「草原」(五〇年)からマイクル・カンデル「ヴァーチャル・リアリティ」(九三年)まで、人工現実を扱った古典から最新作を取り揃え、まずまずの内容である。興味深いのは、新しい作品になればなるほど、仮構空間に没入することの悲惨さや、現実と仮構空間との見分けがつかなくなることの恐ろしさなど、ヴァーチャル・リアリティの否定的側面を描いたものが多くなっていることだ。任天堂の「ヴァーチャル・ボーイ」などを持ち出すまでもなく、人工現実が日常生活の一部となってきた証左であろう。集中で特筆すべきは、他の作品において人工現実があくまでも現実の表象として機能しているのに対して、逆に現実を人工現実の表象として描いてしまったカンデルの短編である。ヴァーリー、バラード、ディックなどの有名所も押さえてあるし、初訳も全一五編中八編ある。巻末には便利な年表(「小説におけるヴァーチャル・リアリティ」)つき。少々高いお値段が気にならなければ、手元に置いておきたい好アンソロジーである。

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『世界の秘密の扉』ロバート・チャールズ・ウィルスン

(1995年7月21日発行/公手成幸訳/創元SF文庫/730円)

 ロバート・チャールズ・ウィルスンの本邦初訳『世界の秘密の扉』は、平行世界へ移動する能力を持つ親子の逃避行を描いたサスペンスフルな物語。
 浮気した夫と別居中のカレンは、息子のマイケルと共にトロントで暮らしている。カレンは小さい頃、妹・弟たちと別の世界に入り込み、灰色の男と出会ったことがあるのだが、その“灰色の男”が今度はマイケルをつけ狙っているようなのだ。灰色の男から逃げて妹ローラのいるカリフォルニアへ向かうカレンとマイケル。こうして始まった旅の中で、カレンは自らの出生の秘密を知るのだった……。
 自分が属しているのはこの世界ではなくて、本当は別の世界に故郷があるんだというのは割と普遍的に子供が抱く心理ではないかと思っているのだけれど、本書はこの心理を現実化してしまった願望充足小説である。離婚や親子の葛藤という現実的諸問題も扱ってはいるものの、あくまで肩の凝らないエンタテインメントとして一気に読みたい一冊。

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