SF Magazine Book Review

1995年9月号


『ハイペリオンの没落』ダン・シモンズ

『友なる船』アン・マキャフリー&マーガレット・ボール

『ブレイクの飛翔』レイ・ファラデイ・ネルスン


『ハイペリオンの没落』ダン・シモンズ

(1995年6月15日発行/酒井昭伸訳/早川書房/3000円)

 前作『ハイペリオン』から待つこと半年、ついに『ハイペリオンの没落』が刊行された。再生寄生体にとり憑かれたホイト神父、謎の女性モニータを追い求めるカッサード大佐、未完の詩を完成させる宿命を負った詩人サイリーナス、時間遡行症にかかった娘を救おうとするワイントラウヴ、恋人の望み通りにやってきた私立探偵レイミア、人類とアウスターの両方を裏切ることになった領事、それぞれの運命に操られてハイペリオンに導かれてきた六人の運命は如何に。堂々の完結編である。
 もう読んでしまった方はおわかりだろうが、これから読む人はまだ出来映えに不安が残っているかもしれない。この際、はっきり言っておこう。傑作である。前作を読んで思いっきり膨らんだ期待を裏切るようなことは決してないことは保証する(って私の保証では当てにならないという人もいるかもしれないが、まあ、とにかく読んでみて)。『殺戮のチェスゲーム』などは少々長すぎるという評もあったようだが、本書では大丈夫。広げた風呂敷に見合うだけの中身がしっかりと詰まっているのだ。
 巡礼の一人一人が自分とハイペリオンに関わる物語を語るという前作の構成と異なり、今回は、新たに登場した視点人物の一生、その人物を通じて語られる巡礼たちの物語、ハイペリオンに侵攻してきたアウスターと人類の戦いの顛末、という三つの話が交互に語られる。物語のスケールがまず、個人的なレベルから全体のレベルへと、ぐんと広がったのが『没落』の第一の特長である。また、ハイペリオンに設けられていた〈時間の墓標〉の謎、シュライクとは何だったのか、一種のネットワーク知性体とも言うべき〈テクノコア〉が計画していた究極知性プログラムはどうなったのか、など前作で提出された数多くの謎が本書の中盤から一つに結び合わされ、解きほぐされていく過程はまさに爽快の一言。迫力ある戦闘描写も加わって、ぐいぐいと読まされてしまう。筆力の確かさは相変わらずだ。この謎解きの快感こそ『没落』の第二の特長と言えるだろう。これだけでも傑作と断言して差し支えないのだが、更に第三の特長として挙げられるのがアイディアの凄さ、である。詳述は避けるが、機械知性の神と人間の神との対決という壮大なテーマを量子力学と結びつけて語り、神の存在、神の進化にまで思索を深めていく、そのメイン・アイディアの凄まじさたるや、とても凡百のSFの及ぶ所ではない。
 しかも、それが観念の遊戯に堕することなく説得力を持って読者に訴えかけてくる、つまり壮大なアイディアが空回りしていないのは、ひとえに登場人物の苦悩、喜びといった個人的な感情が前作において入念に描かれている故である。もしも、シモンズが最初から『没落』のように全体的な視点においてのみ物語を描いていたとしたら、面白さは半減どころか十分の一ぐらいになっていただろう。この二冊に関しては、どうしてもこれだけのボリュームが必要だったのだということが通読するとよくわかると思う。
 巨神族からオリンポス神への神々の交替を描くジョン・キーツの詩に想を得た本二部作は、神々に対する人類の挑戦を経て、ささやかな勝利とともに終結を迎えた。しかし、新たな戦いの予兆は既に本書の結末に存在している。解説によれば、更なる続編『エンディミオン』が今年の十月には刊行されるとのこと。まだまだ楽しみは尽きないようだ。期待して翻訳を待ちたい。

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『友なる船』アン・マキャフリー&マーガレット・ボール

(1995年5月26日発行/浅羽莢子訳/創元SF文庫/700円)

 順調に刊行が続く《歌う船》シリーズ。四冊目は、新進作家マーガレット・ボールとマキャフリーが共作した『友なる船』である。
 今回の頭脳船(ブレインシップ)は、高貴な華族の分家に生まれ、優秀な成績で大学を卒業したばかりの女性ナンシア。十六歳。通常の場合と違って、彼女は相棒の筋肉(ブローン)なしで初飛行に臨んだために、乗客の五人の若者から無人船だと勘違いされてしまう。同じ華族の出でありながら、五人の男女の傍若無人な振る舞いにあきれていたナンシアだが、そのうち彼らがとんでもない悪事を企んでいることを知る。こうして、ナンシアと若者たちとの静かな戦いが開始された……。
 今までの作品と比べると、筋肉(ブローン)と頭脳船(ブレインシップ)とのやり取りが少なく、若者五人組が散らばった先の惑星描写など主人公外部の様子を描くことに力点が置かれているため、背景となる〈中央諸世界〉の構造などはよくわかるようにはなっている。しかし、その見えてきた世界が所詮米国的法治国家もしくは英国的貴族社会でしかないという所が、まあ無い物ねだりとわかっていても、やはり物足りない。金欲と権力欲にまみれて悪事を重ねた若者たちが法の裁きと恵みを受ける結末に辿り着くにつけ、肉体と精神の理想的結合であるはずの頭脳船が、ただの新米女刑事にしか見えてこないのでは困ったものではないかと思ってしまった。

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『ブレイクの飛翔』レイ・ファラデイ・ネルスン

(1995年6月30日発行/矢野徹訳/ハヤカワ文庫SF/720円)

 レイ・ファラデイ・ネルスンって一体誰? と首をかしげる人でも、ディックと Ganimede Takeover を共作した、あの人だと言われれば、ああと頷く人は多いのではないだろうか。『ブレイクの飛翔』は、レイ・ネルスンの代表作と言われる八五年発表の力作長編である。ブレイクと言えば、SFファンには「虎よ、虎よ! ぬばたまの夜の森に燦爛と燃え」で知られ、ロックファンには「知覚力のドア」からドアーズが名付けられたことで有名な大詩人(ミステリ・ファンには『レッド・ドラゴン』がありますね)。ただでさえ芸術家の想像力を刺激してやまないこの人をSFにおいてどのように処理していくのか、興味を持ちながら読み始めた。
 一八世紀末のロンドン。詩人かつ版画家のウィリアム・ブレイクは、自由に時空を越えて旅することができるゾアという一族の一人ユリズンと接触し、自らも時空を越える旅に出かけ、その経験を基にして強烈な個性を放つ作品を創造していた。妻のケイトは結婚した当初は夫の異常な振る舞いに戸惑うが、やがて自分もその能力を身につけ、夫とともに時空を越えることとなる……。
 ここまでが全体の約三分の一。主要なプロットは、この後から始まるユリズンの歴史改変計画と、それを阻止するブレイク及びケイトの活躍にある。「完全な社会、苦痛のない喜び、ゆらぐことのない安定さ」を求めるユリズンが創り上げる理想郷とは、エジプト王朝が拡大してヨーロッパを支配する世界と、もはや人類は存在せず巨大蜥蜴が君臨する世界の二つ。どちらもブレイクの詩を基に練り上げられた世界であるらしく、後者のグロテスクさが忘れ難い印象を残す。特筆すべきは、登場人物の一人が、ユリズン(理性)とブレイク(想像力)という人物像をメアリ・ウォルストンクラフト(社会性)に結合させた点においてメアリ・シェリーの誕生、ひいてはSFジャンルの誕生に言及している箇所(五〇一頁)であろう。本書はブレイクとケイトが自分達の時間線を探索する物語であると同時に、期せずしてSFというジャンルの起源を探索する物語にもなっているのである。

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 ゼラズニイが死んだ。享年五十八歳。『伝導の書に捧げる薔薇』に衝撃を受け、アンバー・シリーズを貪るように読んだ日々を懐かしく思い出す。本誌七五年六月号のゼラズニイ特集を思わず押し入れから引っぱり出してきた人もいるのでは(いないか)。早川書房には是非ともアンバーを復刊し、未訳の新アンバー・シリーズを全点刊行してもらいたい。

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