SF Magazine Book Review

1995年1月号


『ヴァーチャル・ガール』エイミー・トムスン

『パラダイス・モーテル』エリック・マコーマック

『旅立つ船』アン・マキャフリー&マーセデス・ラッキー


 今号から翻訳SFのレビュウを担当することになりました。長い伝統と歴史を誇るSFMの、しかもレビュウページ巻頭ということでいささか緊張しておりますが、拙いながらも精一杯やりたいと思いますので、何とぞよろしくお願いします。

『ヴァーチャル・ガール』エイミー・トムスン

(1994年10月15日発行/田中一江訳/ハヤカワ文庫SF/680円)

 さて、挨拶はこれくらいにしておいて、記念すべき第一回は、始まりにふさわしく新人のデビュー作から取り上げよう。アメリカの新鋭エイミー・トムスンの『ヴァーチャル・ガール』である。題名を見ると、コンピュータ内部の仮想空間(ヴァーチャル・スペース)を自在に駆けめぐる少女というサイバーパンクのような物語を思わず想像してしまうが、実際に読んでみると全くそうではない。本書は、かつてのサイバーパンクがそうであったような斬新かつ先端的な物語ではなく、古典的な語り口に作者の暖かい眼差しが調和した、昔ながらの正統的サイエンス・フィクションなのである。
 主人公は「マギー」と名づけられた人間そっくりのロボット。彼女(?)は、身長一五〇センチ体重九〇キロ、MIT出身のコンピュータの天才、アーノルドによって創造された、愛らしい美少女である。二一世紀の半ばのアメリカでは、人工知能の開発が法律で禁止されており、画期的なアーノルドの発明も政府に見つかればすべて消去されてしまう。複雑な家庭環境ゆえに女性コンプレックスに陥った彼は、個人的な伴侶とするため密かにマギーを作り上げたのである。無垢なマギーに外界や人間のことを一から順に教えていくアーノルド。しばらくは二人きりの甘い生活が続くが、やがて大企業の社長であるアーノルドの父親が彼らの居場所を突き止める。息子を家に戻そうとする父親の追手を逃れて、二人の逃避行が始まった……。
 デンヴァー、オクラホマシティー、サンフランシスコ、ニューオーリンズ、とアメリカ中の町を渡り歩く間にマギーが出会うのは、ホームレスの女性、ナヴァホ族の人々、ゲイの黒人ダンサーなど、いずれも下層社会で貧困にあえぎながらも人間らしい気持ちを失っていない優しい人々ばかり。独りになれば孤独を感じ、隣にいる人が楽しそうであれば幸福を感じるという人間的な感情を持ったロボットであるマギーと、これらの人々との心温まる交流と悲しい別れが、感動的に語られていく。
 解説にもある通り、ここに描かれているのは未知の社会ではなく、ホームレス、社会福祉の立ち遅れなどの諸問題を抱える現代アメリカに他ならない。ロボットはどこまで人間に近づけるかという古典的なテーマを、未来の形を借りた現代で展開してみせたところに本書の面白さがあると言えるだろう。ネットワーク上の機械知性という比較的新しい視点も登場するのだが、これがすぐに身体を備えたロボットになってしまうのが少し残念である。
 また、マギー個人の成長物語としての側面も本書の見逃せない魅力の一つとなっている。最初はアーノルドに頼るか弱い存在に過ぎなかったマギーが、彼との離別を経て一つの人格を形成するに至る過程は、父親から娘が独立する過程とも見えて興味深い。そして、父親(アーノルド)から離れて自由を手に入れた彼女が最後に選んだ道とは……。これは実際に読んで確かめてみてほしい。作者が何より言いたかったことは、この感動的なラストシーンに込められているのだろうから。誰もが安心して読めるSFとしてお勧めの一冊である。

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『パラダイス・モーテル』エリック・マコーマック

(1994年9月30日発行/増田まもる訳/東京創元社/1800円)

 創元推理文庫やSF文庫でおなじみの東京創元社からは、新しい叢書がスタートしている。《海外文学セレクション》と銘打たれたこのシリーズでは、アルバニア、カナダを始めベルギー、フランスなど、英米にとどまらない幅広い国々の現代文学をジャンルレスで取り上げようという趣向のようだ。第一回配本はイスマイル・カダレの『夢宮殿』とエリック・マコーマック『パラダイス・モーテル』の二冊。『夢宮殿』はファンタジーの方でレビューするということなので、本欄では『パラダイス・モーテル』について触れておく。
 作者のマコーマックは、スコットランド生まれで現在はカナダで暮らす国語教師。翻訳は今までに短編が二つあるだけ。このうち「『帯』の道」というのは、突然地球に幅三百フィートの「帯」が出現し空間を切り取っていくというすさまじい話で、強烈なオチとともに筆者には強く印象に残っていた一編であった(〈ポジティヴ〉一号に掲載)。本書はそのマコーマックの長編第一作である。
 主人公エズラ・スティーヴンソンは、十二歳のとき、三〇年振りに故郷に帰ってきた祖父から恐ろしい話を聞かされる。それは祖父が航海で知り合った男の父親が、妻を殺した後に体の一部を四人の子供の身体に埋め込んだという話であった。子供の名前はエイモス、レイチェル、エスター、ザカリー。数十年後、作家となったエズラは、偶然にも取材先でその子供達の名前を聞く。祖父の作り話と思っていた彼は興味を示し、友人に調査を依頼する。不思議なことにその四人の頭文字を集めると彼の名前(EZRA)になるではないか。いったい彼らと自分にはどんな関係があるというのか……。
 本書などを読むと、マジックリアリズムはラテンアメリカのお家芸だけではないということがよくわかる。特にエイモスのからむ話で登場するイシュトゥラム族の描写は圧巻。眼球をえぐり出し、視神経を延ばして顔の後ろに目をつけた男の話など語り口のもっともらしさにつられて思わず信じてしまいそうになったほどである。乱暴な言い方をさせてもらえば、科学というバックボーンを持ち込むか持ち込まないかの違いだけで、フィクショナルという点では本書とSFの類似点は多い。人間から木が生える場面など、これを異生物に置き換えれば『死者の代弁者』のピギーになるだけのこと。本書は壮大な冗談小説として一級品であることは保証しておこう。

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『旅立つ船』アン・マキャフリー&マーセデス・ラッキー

(1994年11月4日発行/赤尾秀子訳/創元SF文庫/680円)

 創元SF文庫からは、懐かしや『歌う船』の続編、『旅立つ船』も出ている。続編と言っても登場人物は一新され、宇宙船に人格を組み込んだ「頭脳船」(ブレインシップ)が活躍する未来社会という独自の設定を受け継いだ新シリーズと呼んだ方がよさそうだ。作者もマキャフリイ単独ではなく、ファンタジイ界の新星マーセデス・ラッキーとの共作となっている。
 両親ともが考古学者で、優れた知能と好奇心を持った七歳の少女ティアは、ある惑星で星間文明の遺跡に触れたことが原因で四肢が麻痺する正体不明の奇病に侵されてしまう。彼女を救うには、肉体から切り離して金属の殻の中に封じ込めた「殻人(シェルパーソン)」として甦らせるしかない。かくして殻人として生まれ変わり、頭脳船に組み込まれたティアは、パートナーの「筋肉(ブローン)」アレックスとともに宇宙へと旅立つ……。
『ヴァーチャル・ガール』と同様に「機械と人間の融合」という重いテーマを根底に持つ本書ではあるが、軽い冒険物語として楽しめる出来になっている。ティアとアレックスの恋愛をからめて、一気に読ませる筆力はさすが。SFに宇宙へのフロンティア・スピリットを求める人にはうってつけの物語であろう。

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