もう一つ本シリーズの大きな特色を挙げるとするなら、アンソロジー内に様々なテーマが設けられ、互いの作品が響きあっている点だろうか。宇宙開発、メディアと芸術、遺伝子操作、コンピュータ、メタフィクション等々。一つの作品が複数のテーマを含むこともあるので、きちんと分類できるわけではないが、同一主題を扱う作品が時代の変遷とともにどう変化していくかを追うのも本シリーズを読む楽しみの一つである。実際に顕著な主題を二つ取り上げてみよう(以下、カッコ内の数字は巻数を示す)。
まずは、SFの王道である宇宙開発及び宇宙旅行を主題とした作品群だが、これは言うまでもなく、ブラッドベリ「万華鏡」(1)、ハインライン「鎮魂歌」(1)を始めとして、月着陸以前の四〇〜六〇年代に集中している。七〇年代にはほぼゼロ。近年では、ラッカー「宇宙の恍惚」(5)やバクスター「軍用機」(6)のように、日常の性生活を宇宙に持ち込んでみたり、宇宙開発に駆けた夢そのものを改変歴史の対象物として描いてみたり、何らかのヒネリを加えて書きあげないと面白くない主題になってきているようだ。シリーズ中のベストはクラーク「メイルシュトレームU」(3)。
もう一つの主題、メディアと芸術を扱った作品群は、ムーア「美女ありき」(1)ウィルヘルム「やっぱりきみは最高だ」(3)ティプトリー「接続された女」(4)ギブスン「冬のマーケット」(5)スペンサー「真夜中をダウンロード」(6)と続く。アイドル/スターの虚像という題材は、テクノロジーとよほど相性が良いらしく、どれも傑作ばかりだ。そもそもスターは映画、アイドルはTVという媒体/技術によって成立してきた虚構の存在である以上、女優の虚像とは真の肉体が纏ったテクノロジーという衣に他ならない。女優を再生させたサイボーグ技術、俳優から聴衆へと直接伝わる感情放送、作られた肉体を操作する遠隔操縦、肉体を捨て精神をプログラム化するコンピュータ技術、と時代の推移に従って異なる技術が使用されてきてはいるが、これらの作品群の中に一貫して流れているのは、精神と肉体、即ち意識と存在の乖離の問題である。すべての作品が、ヒロインに憧れる男が主要な役割を務めながらも、その恋愛が成就しない失恋物語として読めることに留意しよう。それは確かにSFでなければ描けないような優れた恋愛ドラマなのだ。シリーズ中のベストはもちろん「接続された女」である。
最後に、どの巻が一番良いかという問いに関しては、個人的見解ではあるが、三巻と答えておきたい。スタイルが洗練され、主題も幅がぐっと広がった。現代SFはここから始まったと考えてよい。六巻だけを単独で見るならば、イーガン「しあわせの理由」とマクドナルド「キリマンジャロへ」の二つがそれぞれ作者の持ち味が良く出た傑作であり、印象に残った。
本シリーズの特色が、五つの銀河系を舞台にいくつもの銀河列強諸属が覇権争いを繰り広げているというスケールの雄大さと、古参宇宙航行種属が遺伝子操作などによって新進種属の知性のレベルを高め、その結果新進種属(類属)が古参種属(主属)に一定期間仕える〈知性化〉というアイディアの秀逸さにあることは言うまでもないだろう。しかし、この〈知性化〉について、筆者は十六年前に始めて『スタータイド・ライジング』を読んだときから実は何だか釈然としないものを感じていた。それは、銀河文明レベルに知性を引き上げると言ってもそんなことは当の種属にとって見ればただのおせっかいではないのか? チンパンジーやイルカはヒトと同レベルになってうれしいのか、そもそもそんなことをする権利が他の種属にあるのかという超素朴な疑問である。原語(アップリフト)にある知性化=階梯を上る=進歩という見方にも異議があった。当時は「知性は大きなわざわいです」と作中で異生命体が語るスターリングの短編「巣」(本誌八三年四月号)の方に、一方的な視点を相対化するSFらしさをより鮮やかに感じたものだ。『知性化戦争』では、準知的生物を絶滅から護るために知性化するんだという理由づけもあったように思うが、種の保存と〈知性化〉とはやはり根本的に別の問題だと思う。
十月号掲載の作家論で堺三保氏が指摘しているように、ブリンは〈知性化〉という行為そのものについては敢えて善悪の判断を保留してきた節がある。この前提がないと人類がネオ・チンプやネオ・ドルフィンと結束して列強諸属と争う本シリーズの骨子がなりたたないので、作者としては当然の姿勢なのだろうが、読者としてはやや食い足りないのも事実だ。その意味では、本書で描かれる〈贖罪の道〉という概念は極めて興味深かった。いったん知性化された種属が準知的生物に退行する下降の道を示すことによってようやく〈知性化〉の持つ意義に陰影が生じ深みが出てくる。おそらくは、巻が進むにつれ、放りっぱなしであった地球の宇宙船〈ストリーカー〉の行方が物語に絡み出し〈知性化〉の本当の意義やヒトの主属の有無といった謎が徐々に明らかになっていくのだろう。とにかく、物語はまだ動き出したばかり。〈知性化〉という前提さえ素直に受け入れてしまえば、後は華麗なる冒険絵巻が存分に楽しめる。ユニークな異星生物の生態を余すところなくリアルに描き出すブリンの筆は冴えに冴えているし、ヒトの文化を摂取した種属フーンの少年アルヴィン(もちろんクラークの名作にちなんだ名である)の冒険も気になるところで終わっている。続刊に大いに期待したい。