二十一世紀末、二度の疾病戦争の後、不妊病が蔓延する〈災厄〉時代を迎え、人類は存続の危機にさらされていた。天才科学者コンラッド・ヘリアーが人工子宮を発明し、滅亡こそ免れたものの、かつて百四十億あった人口は七十億に激減。〈災厄〉を乗り越え莫大な富を得たコンラッドの仲間たちは体内テクノロジーを駆使して長寿の肉体を手に入れる。長寿と言っても彼ら第一世代の寿命はせいぜい百五十歳が限度であり、ヘリアーも二十二世紀半ばには亡くなってしまう。そして五十年が過ぎたある日、永遠の生命に値しない人物を処刑するテロリスト集団エリミネーターが「ヘリアーは死んでいない」「発見せよ」とのメッセージを発信した。ヘリアーの仲間だったサイラスが誘拐され、ストリートファイターを引退してVE(仮想環境)デザイナーとして働いていたヘリアーの息子デーモン・ハートも事件に巻き込まれていく。ヘリアーは本当に死んでいないのか、エリミネーターの真意は何か。そして明らかにされる〈災厄〉の真実とは……。
生物学と社会学で学位を得たという作者の本領は本書に遺憾なく発揮されている。ナノテクとバイオテクノロジーによる不老技術を基にした未来社会が如何に形成され、停滞し危機を迎えるかを作者は丁寧に描き出しており、なかなか説得力がある。若い女性に手を出してみたり、自分の体を傷つけるストリートファイトが流行ったり、まあ人間が不老になってもロクなことはしない。「四十に足らぬほどで死ぬのが目安かるべけれ」と兼好法師も言っている。物語としては、不老第一世代(父親)と第二世代(息子)との対比を中心に進むが、途中から〈災厄〉以前の旧世代と不老第一世代との対立も絡んでくるので、いささかわかりづらく複雑だ。遠未来の地球に生じた〈天国〉と〈地獄〉の二世界のみを対比させた初期リシーズ〈タルタロスの世界〉と比べれば、作者の技量は明らかに進歩していると言えるのだが、それが物語の面白さに必ずしも結びついていないのがつらいところ。議論好きの登場人物が多く、冒険ものの体裁をとっているにしては展開がもたつき、謎解きの鮮やかさに欠ける嫌いがある。そう言えば、かつてステイブルフォードの熱心な紹介者であった米村秀雄も、冒険SFとしての弱さを指摘した鏡明に対して「テーマについて述べる部分になると、熱中してしまって、物語が少しお留守になる」(『プロミスト・ランド』解説)と弁解していた。この欠点はいまだ改善されていないのではないか。ともあれ、未来社会の在り方について社会学的な視点から深く考察した正攻法の本格SFとしての読み応えは十分。腰を据えてじっくりと読んでみてはいかがだろうか。