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2001年7月号

『スーパートイズ』ブライアン・オールディス

『スパイダー・ワールド 賢者の塔』コリン・ウィルソン


『スーパートイズ』ブライアン・オールディス

(2001年4月12日発行/中俣真知子/竹書房/1800円)

 キューブリックはクラークの「前哨」を気に入り、共同作業の結果『2001年宇宙の旅』を作り上げた。偉大な才能同士がぶつかり合って創造する際の苦難と喜びの一端は、クラーク『失われた宇宙の旅2001』(ハヤカワ文庫刊)で垣間見ることができるが、実はオールディスとキューブリックの間にも、八二年から八年間の長きに渡って同様の共同作業が行われていたという興味深い事実が本書のあとがきによって明らかにされている。ブライアン・オールディス『スーパートイズ』は、キューブリックが気に入り映画化しようとしていた短編「スーパートイズ/いつまでもつづく夏」に始まる連作三篇を含む作者の最新短編集だ。映画公開に合わせた刊行であるにせよ、あのオールディスの最新作品集が日本語で読めるのだからファンとしてはうれしい限り。ミニ・コンピュータを備えたロボット、スーパートイズのデイヴィッド少年が母親の愛を求める表題作を始め、SFから幻想小説、普通小説に至るまで才人オールディスの幅広い作風を存分に味わうことができる。短いながらも現実社会の問題点を的確に捉えて皮肉や諷刺を効かせた作品群を読んでいると、巨匠まだまだ健在なりとの意を強くした。SFとしては、テラフォーミングされた火星の歴史を対話形式で綴った「白い火星」、幻想小説としては、現実を変えていく夢の力強さを描いた「完全な蝶になる」がそれぞれ印象に残った。キューブリックからスピルバーグへとバトンタッチされた映画『A.I.』の出来栄えも気になるところだ。

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『スパイダー・ワールド 賢者の塔』コリン・ウィルソン

(2001年3月5日発行/小森健太朗訳/講談社ノベルス/1600円)

 新本格ミステリで知られる講談社ノベルスから珍しく海外作家の作品、しかも本格SFが刊行された。コリン・ウィルソン『スパイダー・ワールド 賢者の塔』は、八七年に発表されて評判となり、現在第三部まで刊行されてなお未完という壮大な遠未来サーガの第一部である。

 二十五世紀、彼方から飛来した彗星によって壊滅した地球は、放射性物質の影響によって巨大化した蜘蛛が支配する世界と化していた。ほそぼそと生き延びている人類は、都市において蜘蛛の奴隷か下僕となり果てている。砂漠に暮らす部族の少年ナイアルは砂漠から都市へと遍歴を続け、ついには都市の白い塔において世界の成り立ちの秘密を知る。しかし、それは彼にとって新たな冒険、恐るべき蜘蛛との戦いの始まりでしかなかった……。何と言っても第一部のナイアルの冒険行が素晴らしい。わくわくしてページをめくりながら、少年の頃に読んだラインスター『忘れられた惑星』(やはり巨大昆虫が登場する冒険SF)を読んだときの興奮が甦ってきた。変貌した地球における少年の冒険という点から、オールディスの名作『地球の長い午後』を連想する方もあるだろう。人間を襲うサソリやハンミョウの恐怖、寄生ハチと蜘蛛との死闘、労働アリとの共生。第一部での未来の砂漠の生態系は、おそらくは作者が現実の昆虫世界を綿密にリサーチした結果であろうが、鮮やかなリアリティをもって描き出されており、この種の設定の物語としては一つの到達点を示していると言ってよい。ナイアルの家族関係、女性への恋心など細やかな心理も巧みに描かれ、父を乗り越えて自立していく少年の成長物語としても見事な完成度を誇っている。第二部に入ると、能動的人間と受動的人間の対比、意志をコントロールすることの重要性など、ウィルソンが他の著作でも繰り返し述べている主張があちこちに顔を出してくるが、それが物語の力強さを損ねることはない。剣(金属筒)と鏡(思考鏡)を身につけ神話的英雄の様相を帯びたナイアルが蜘蛛に対抗する武器を手に入れる第三部に至るまで、全六百頁という大部を一気に読み通すことができる。

 蜘蛛を倒すことを運命づけられた少年を描きながら、本書では根底に「人間は、蜘蛛よりはるかに良い存在なのか」という問いかけが常に置かれている。ある意味では、蜘蛛に支配され思考力を失った人類こそが幸福ではないのか。知性と意志の力を信じるウィルソンとしては、いや、そうではない、人間は素晴らしいのだというメッセージを訴えていくことになるのだと思うが、まだ物語はその端緒についたばかり。続刊のすみやかなる刊行を熱烈に期待したい。

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