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2001年6月号

『クライム・ゼロ』マイクル・コーディ

『テクスチュアル・ハラスメント』ジョアナ・ラス

『天空の劫罰(上・下)』ビル・ネイピア


『クライム・ゼロ』マイクル・コーディ

(2001年3月31日発行/内田昌之訳/徳間書店/1800円)

 キリストの遺伝子が現代に甦ったら、という奇抜な着想でわが国でも九八年のベストセラーとなったバイオサスペンス『イエスの遺伝子』の作者マイクル・コーディによる第二作『クライム・ゼロ』が刊行された。二〇〇八年、バイオテクノロジー企業とFBIは協力して、暴力犯罪者の遺伝子を改変して暴力への衝動を抑えるプロジェクト〈良心〉を完成させる。企業で働くキャシーとFBI捜査官デッカーは、その背後に隠されたもう一つのプロジェクト〈犯罪ゼロ〉の存在に気づき捜査を進めていく。人類全体の運命を変えてしまう恐るべきプロジェクト〈犯罪ゼロ〉を食い止めることはできるのか……。遺伝子スリラーとしてはもちろん、アクション小説としても良く出来ているし、父親の正体を知って悩むデッカー、すべての男性を心底から憎む強力な敵役女性ネイラーなどの人物描写にも読み応えがある。この種の作品としては珍しく、男性中心主義を打ち砕き、本当に人類改変にまで至ってしまう結末には驚かされた。ホールドマン『終わりなき平和』などと合わせてフェミニズム的な視点から読み解くのも面白いと思う。

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『テクスチュアル・ハラスメント』ジョアナ・ラス

(2001年2月5日発行/小谷真理・編訳/河出書房新社/3600円)

 そんなときに絶好の教科書となる本がこれ。ジョアナ・ラス『テクスチュアル・ハラスメント』は、『フィーメール・マン』などの作品によってフェミニズムSFの旗手として知られるラスのもう一つの顔、気鋭の英文学者としての評論に、編者の小谷真理による評論一篇を加えて、既成の文学的価値基準を問い直した極めて興味深い評論集である。ラスの「女性の書き物を抑圧する方法」では、男性中心主義が横行してきた英文学の歴史において如何に女性の著作が貶められ正当な評価を与えられてこなかったかが、膨大かつ詳細なリサーチのもとに語られている。行為主体性の否定(彼女は書かなかった)、行為主体への冒涜(彼女は書いたが、書くべきではなかった)、インチキ分類法(娼婦、淑女、行かず後家、等々)などなど。意識的にせよ無意識的にせよ、英文学史における不当な抑圧の悪辣さ、残酷さには驚かされることばかりであった。片や日本では、平安女流文学の存在もあって女性に対する抑圧はそれほどでもないだろうと筆者は思い込んでいたのだが、本書に収められた小谷真理「この批評に女性はいますか」を読むと、明治時代の俳壇で起きた事件を具体例としてやはりこのような抑圧が歴史的にも存在していたことがよくわかる。筆者も含む男性の今後のテクハラ対策(必須)としては、ラスが述べているように「優劣に関する硬直的なヒエラルキー」ではなく「多義的な価値観」を持つことの必要性がまさしく重要となってくるだろう。SFファン向けには、ディレイニー、ウィルヘルムらの生の声も引用されており、是非一読をお勧めしたい。

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『天空の劫罰(上・下)』ビル・ネイピア

(2001年2月1日発行/土屋晃訳/新潮文庫/上552円下629円)

 イギリスの天文学者ビル・ネイピアによる小説第一作『天空の劫罰(上・下)』は、小惑星が地球に衝突する危機を描いたサスペンス小説である。英米仏の天文学者、物理学者、ロケット専門家ら五名が急遽、ニューヨークに集められアメリカ空軍の指揮下に入った。何者かによって巨大な小惑星がアメリカに衝突する軌道に乗せられたのではないかという疑惑が持ちあがったのだ。チームに課せられた使命は、ただちに小惑星を発見し、その軌道を変えること。ただし、残された時間は五日しかない。果たして小惑星を発見することはできるのか……。作者は王立天文台に長年勤めた経験を持つだけに、小惑星探知の方法や小惑星が衝突した際の被害の大きさなどの科学的シュミレーションは実に緻密かつリアルである。クラークが興奮したというのも、おそらくはこの辺りの描き方にしびれたのだろう。小惑星を突き止めるために十七世紀イタリアの失われた稿本を探るという趣向も面白い。ただし、こうした興味深いディテールがすべて唖然とさせられるほど古めかしい三流謀略スパイ小説の骨組に乗せられているので、まったく生きてこないのが残念。そもそも小惑星を地球に落とそうとするのが××の陰謀だという出発点からしてリアリティが希薄なのだから、軍事スパイ小説としては明らかに失敗している。下手なアクションは入れずに、博学を生かした知的ミステリの線を狙った方がよかったのではないだろうか。

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