SF Magazine Book Review



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2000年6月号

『ダーウィンの使者』グレッグ・ベア

『フレームシフト』ロバート・J・ソウヤー

『ミクロ・パーク』ジェイムズ・P・ホーガン

『稲妻よ、聖なる星をめざせ!』キャサリン・アサロ


『ダーウィンの使者』グレッグ・ベア

(2000年4月10日発行/大森望訳/ソニー・マガジンズ/上下各1600円)

 本年三月半ばに米英両首脳が共同声明を出し、ヒトの遺伝子情報を無償で公開することを世界中の科学者に訴えた。この背景には、おそらく人間の全遺伝子情報を解読するヒトゲノム計画が国家と企業の間で激しい競争を続けながら二〇〇三年には正確な読み取りが完了しそうな猛烈な勢いで進められているという事実が挙げられる。もちろん情報が解読されたからと言って、ただちに役割が明らかになるわけではないが、それでも今まで謎であった遺伝子疾患の原因やヒトの進化過程などを明らかにする端緒についたとは言えるわけで、ヒトゲノム計画の持つ価値は計り知れないものがあると言えるだろう。

 遺伝子操作によって創り出された細胞ヌーサイトが全世界を変革していく様子を描いた進化SFの傑作『ブラッド・ミュージック』から十五年、『ダーウィンの使者』は、グレッグ・ベアが、このように急速進行しつつあるヒトゲノム計画を背景に、バイオテクノロジーに関する最新知識を駆使して人類進化の謎に真っ向から挑んだ本格SFである。

 アルプス山中の洞窟で数万年前のミイラが親子そろって発見された。驚くべきことに、両親のミイラはネアンデルタール人であるのに子のミイラはホモ・サピエンスであると判定される。一方、グルジアでは妊婦の大量虐殺が発覚。妊婦を流産させる分散ヒト内在性レトロウイルス活性〈SHEVA〉が発見され、ヘロデ流感という名で世界中に蔓延していく。太古のミイラと現代の奇病を結ぶ鍵は一体何なのか。生物学者ケイとミイラの発見者である人類学者ミッチは協力して謎を解こうとするのだが……。

 突然変異と自然淘汰を軸として漸進的な進化を唱えるネオダーウィニズムに対して、ベアはヒトに内在するレトロウイルスこそが突発的な進化の引き金であるという興味深い説を提出している。作中人物の言葉を借りれば、それは「進化する進化」であり、「偶然だけに頼って突然変異を制御も選択もしない時代遅れの古い種にくらべて、ずっと高速かつ効率的に変化できる」(上巻百四十五頁)というわけだ。この「進化する進化」という魅力的な言葉が本書のキーワードになるだろう。DNA中の無駄な部分(イントロン)に着目した作品は数多く書かれてきたが、ベアのように進化のシステム自体がそこに含まれていると主張し、そのシステムを説得力ある方法で構築してみせた例は初めてなのではないだろうか。作者は、近年余り取り上げられることが少なかった新人類という古典的アイディアをジャンクDNAの中から見事に救い上げ復活させてみせたのだ。

 また、アイディアの面白さだけでなく、本書は今までのベアの作品と比べて人物描写が格段に進歩している。主人公ケイの夫が経営破綻の結果自殺してしまうバイオテク企業の社長であったり、もう一人の主人公ミッチがインディアンの骨を盗んだ事件で学者失格の烙印を押されていたりして互いに傷ついた過去を持つ二人が惹かれ合い、ついには結ばれていく過程は、本書のテーマ即ち新人類の誕生と深く関わっているだけに良く描けている。男が女を愛する行為がSHEVAを感染させるというAIDSにも似た悲劇を乗り越えていくケイとミッチの姿は、なかなか感動的だ。

 ケイを巡るミッチ以外の男たちを企業の経営者や国家の情報部員に設定することによって、ベアは科学者が企業の論理(遺伝子の特許取得など)や政治の論理に巻きこまれて行かざるを得ない状況を巧みに描き出しており、物語のリアリティを高めることにも成功している。最新科学に裏打ちされたメインアイディアに政治ドラマや人間ドラマが上手く絡んで読み応えは十分。新人類の誕生を描くというSFならではの醍醐味を満喫できる。ただし、実は本書の結末の後をこそ読んでみたいと思うのは、やはり『スラン』など新人類ものの古典を読んで育ったSFファンの悲しい性だろうか。続編を強く希望する次第である。

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『フレームシフト』ロバート・J・ソウヤー

(2000年3月15日発行/内田昌之訳/ハヤカワ文庫SF/880円)

 ロバート・J・ソウヤー『フレームシフト』は、クロスレビューで取り上げた『ダーウィンの使者』同様、ヒトのジャンクDNAに隠された秘密を扱ったバイオSF。遺伝子を扱ったSFの場合、大別して、ヒトが変革していく可能性を描くが結局はそのまま事件が収束していくものと、ついには種全体の変革にまで至ってしまうものとに分けられるように思う。『ダーウィンの使者』が後者の典型であるとするなら、本書は前者の典型である。解明された遺伝子の謎がヒトの存在自体を脅かすことはなく、読者はほっとした気持ちで本書を読み終えることができるだろう。

 カリフォルニアのヒトゲノム・センターでイントロンの研究をしているカナダ人ピエールは、帰宅途中の公園でネオナチに襲われ殺されそうになる。なぜネオナチが彼を狙ったのか。自分の遺伝病に原因があると気づいたピエールは、ナチス戦犯の生き残りが背後にいることを突き止めるが……。サスペンスフルな犯人捜索を縦軸として、ピエールの妻モリーがテレパスであること、モリーが体外受精によって産んだ子供アマンダの秘密など様々な要素が絡み合って、物語は進んでいく。ゆうに長編三冊分のアイディアが巧みに組み合わされていく隙の無さには脱帽せざるを得ない。『ゴールデン・フリース』の頃に比べると随分とソウヤーも物語の構成や展開が上手くなったなあ。伏線の張り方も見事なものだ。アミノ酸を特定する複数の遺伝コードにもしも機能差があったらというメイン・アイディアにも説得力があり、遺伝子操作が進むにつれて発生するであろう遺伝子差別など倫理的な諸問題に関する目配りも行き届いている。ナチ戦犯の残虐さを正面切って描くところなど、これまでのソウヤー作品にはない深みも感じられ、なかなかの意欲作ではないだろうか。感動的なエンディングまで一気に読ませるリーダビリティの高さは相変わらず。円熟期に入ったソウヤーの腕の冴えを存分に味わえる、読んで損なしの一冊である。

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『ミクロ・パーク』ジェイムズ・P・ホーガン

(2000年3月24日発行/内田昌之訳/創元SF文庫/980円)

 一時期スパイものに凝って低調だったが、ここのところ『造物主の選択』『仮想空間計画』とヒット作が続いて復調著しいJ・P・ホーガン。最新刊である『ミクロ・パーク』は、超小型ロボットと人間を直接神経接続することによってミクロの世界を体験しようという、これまた実に魅力的なアイディアを核とした作品である。小型ロボット自体は、ミクロではなく昆虫程度の大きさなのだが、これぐらいの大きさがあった方がかえって視点の変化を強調しやすく、読んでいてもわくわくしてくる。筆者は幼い頃、普通の人間が巨大な人間の世界に紛れ込む海外SFドラマ『巨人の惑星』を見て恐怖と羨望を覚えたものだった。誰しも自分が縮んで世界を見つめ直したら……といった夢想を抱いたことがあるのではないだろうか。本書では、マシンと人間の神経接続という架空のテクノロジーによってその夢想が実現されている。

 父親が神経接続テクノロジー開発会社の社長であるため、マイクロマシンの制御プログラムに携わっている早熟な高校生ケヴィンは自分がマシンと接続している際に継母の私生活を垣間見たことを機に継母の恐るべき計画を知る。ケヴィンは女弁護士ミシェルや親友タキとともに何とか継母の計画を阻止しようとするのだが……。アイディアの面白さに比して肝心のストーリイが出来損ないのスリラー仕立てで少しがっかり。前半の昆虫に襲われる場面が秀逸だっただけに、後半のサスペンス主眼の展開には不満が残った。もちろんいつものホーガン作品同様テクニカル・フィクションとしては及第点がつけられる。

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『稲妻よ、聖なる星をめざせ!』キャサリン・アサロ

(2000年3月31日発行/内田昌之訳/ハヤカワ文庫SF/880円)

 キャサリン・アサロ『稲妻よ、聖なる星をめざせ!』は《スコーリア戦史》の第二作。一九八七年の地球に迷い込んできた未来のスコーリア王圏の王子オルソーが、LAでマヤ族生き残りの少女ティナと出会い、深く結びついてスコーリアに連れて帰るが……。超光速航行のハードSF的な設定や性役割の融合などに新味は感じられるが、やはり基本は古典的な恋愛物語の域を出るものではなく、高い評価は与えられない。

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