主人公トムは、三十歳にして仕事を失い妻とは離婚、失意のうちに故郷の田舎町に戻ってくる。一軒屋を購入し新たな生活を始めたトムは、すぐにこの屋敷の奇妙さに気づく。台所の洗い物が留守のうちにきれいになっていたり、夜中に何者かのささやき声がしたりするのだ。地下室の壁を壊して謎のトンネルを見つけたトムが行き着いた先は、一九六二年のニューヨークだった……。
平凡な日常から始まり徐々に物語が飛躍していく展開の巧みさと、ビートニクの余波が残りフォークとジャズの香り漂うニューヨークのリアルさとが相俟って、前半では、ジャック・フィニイを連想させるノスタルジックな時間旅行物語が展開されていく。ニューヨークで知り合った女性ジョイスと恋をし仕事も手に入れたトムだったが、やはりそのまま無事では終わらない。環境破壊が進み内乱が絶えない未来のアメリカから、同様にタイムトンネルを通って脱出してきた兵士ビリーの出現を機に、トムはトラブルに巻き込まれ、遂にはタイムトンネルに隠された秘密を知ることになる。
タイムトラベルに関する擬似理論、兵士ビリーが身に付ける恐ろしいバイオ兵器〈甲冑〉など現代SF風の味つけもきっちりと施されており、本書は単なるノスタルジック・ファンタジイに留まってはいない。主人公の恋人ジョイスが「あたしたちのいま立っている場所がつねに現在なのよ」(四五三頁)と語る通り、過去に逃避するのではなく今を見据えて生きるべきだという作者の前向きな主張と、孤独な登場人物たちを見守る優しい視点に感動させられる。心温まる作品である。
シーフォートの一人称で語られてきた四巻までと違い、章ごとに息子や友人など異なる人物の一人称で語られる形式をとっているので、前作までに見られた、シーフォート自身がすべての責任を背負い込み自らの行動に思い悩むという重苦しい構図からは解放されている。本誌前号の大宮信光氏の分析(「《シーフォート》シリーズを読み解くキーワード」参照)を借りれば、親殺しが出来ずに子殺しを積み重ねてきたシーフォートが、今回は子供たちを救って自らの贖罪にしようということなのだろうか。
トランニーの生態が今まで以上に詳細に描かれているが、これでは現代のギャング団抗争と何も変わらないわけで、もたついた展開の前半を読み進めるのは正直辛いものがあった。後半宇宙艦が発進するに至ってようやく話が盛り上がるかと思われたが、またもやシーフォートの突拍子も無い愚行が繰り返され、成功を収める過程を見ていくと、語りの形式が変わっても物語の本質は変わっていないことがよくわかる。シーフォートの思い込みの強さと視野の狭さは相変わらずなのだ。息子フィリップは、こんな父親に頼らずに早く自ら事件を解決できるよう成長してほしい。父親の贖罪物語の次には是非とも息子の自立物語が読みたいものである。