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作品名インデックス

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2000年3月号

『エンディミオンの覚醒』ダン・シモンズ

『ファウンデーションの危機』グレゴリイ・ベンフォード

『グレイソン攻防戦(上・下)』デイヴィッド・ウェーバー


『エンディミオンの覚醒』ダン・シモンズ

(1999年11月30日発行/酒井昭伸訳/早川書房/3800円)

 ダン・シモンズの『エンディミオンの覚醒』は、『ハイペリオン』『ハイペリオンの没落』『エンディミオン』と続いた〈ハイペリオン〉連作の最後を飾る堂々の完結編である。

 ハイペリオン巡礼の時代から三百年近くが過ぎ、人類がパクスと呼ばれるカトリック教会の統治下にある三二世紀。惑星ハイペリオンの〈時間の墓標〉を通って過去から出現したアイネイアー(ハイペリオン巡礼の一人ブローン・レイミアの娘)と、彼女を救出し共に教会を打ち倒す使命を帯びた青年エンディミオンとの苦難に満ちた冒険行が、前作に引き続き、描かれている。本書では、教会、パクス軍、人工知能の集合体〈コア〉などあらゆる勢力が三つ巴、六つ巴となってアイネイアーを追いかけ始める。

 アイネイアー自身も、本書の中で、まだ幼さが残る十六歳の少女から大人の魅力を備えた二十一歳の女性へと成長し〈救世者〉としてリーダーシップを発揮していくのだが、敵もまた前作に比べてパワーアップしているので、より複雑な駆け引き、熾烈な戦いが展開されていくわけだ。まずパクス軍からは、前回の失敗が響いて左遷されていたデ・ソヤ神父大佐が復活を果たして、巨大巡航戦艦〈ラファエル〉の指揮をとる。〈コア〉からは、前作でシュライクにしてやられた凶悪アンドロイド、ネメスが同型の三体の仲間とともに復活する。エンディミオンが立ち寄った惑星ウィトゥスで、そのうちの一体ギュゲスとシュライクが繰り広げる凄まじい戦闘場面は本書第一の見せ場である。

 第二の見せ場は、どこまでも雲が続く巨大惑星、至る所に高峰がそびえ立つ惑星〈天山〉など、エンデイミオンが転位ゲートをくぐり抜けて旅する壮麗な惑星の風景描写であろう。本来ならば背景に過ぎない描写が、ここでは完全に主役となっている。とりわけ色彩感溢れる巨大惑星の日没の描写の美しさには本当にしびれてしまった。〈天山〉の山の斜面二十キロをエンディミオンらが橇で一気に滑降する場面も思わず息を飲む迫力だ。とにかくリアルで詩情の漂う異世界描写の巧みさにかけては、おそらく今シモンズの右に出る者はいないだろう。引き続き、第三の見せ場、即ち〈天山〉における最後の死闘になだれ込むまで、いっさい無駄な描写やダレ場はない。その後も衝撃のクライマックス、ゆったりとした大団円に至るまで、まだまだ見せ場は続くのだが、下手な紹介よりも後は実際に読んでいただいた方がいいだろう。

 こうした中で、徐々にアイネイアーの正体が明かされ人類の進むべき道が示されていく構成は見事の一言。「わたしが提供するのは、生における人間としての経験の深みと、その生への献身を分かちあう他者との繋がりです」(五一七頁)とアイネイアー自身が語る通り、彼女は人々に硬直化した不死の社会ではなく、一度きり故に輝く生の素晴らしさを知らせようとしているのだ。均一性よりも多様性を、停滞よりも変化を目指すその方向性は、そのまま人類の進化が目指す方向性でもある。個人の冒険を描きながらも人類全体の運命を俯瞰する視点を忘れない、SFならではの醍醐味を存分に味わうことができた。アイネイアーにキリストやジャンヌ・ダルクのイメージが重なり、キリスト教の色が濃い物語ではあるが、チベット仏教や日本の禅なども取り入れられ、宗教的な含蓄は深い。何はともあれ、運命の過酷さにもかかわらず、それに耐えて使命を果たしていく少女アイネイアーの勇気と健気さ、エンディミオンへの真実の愛に感動することは間違いない。こんなにも素直に「愛してる」という言葉にじーんときたのは本当に久しぶりのことだった。  シュライクとは何だったのか、〈コア〉とも人類とも異なる知性種属〈繋ぐ虚無〉の正体は……等々全ての謎は本書で解き明かされた。続編はもう書かれないそうだが、これだけ楽しませてくれれば、もう十分だろう。九九年のみならずこの十年のSF界最高の収穫であり、必読の一冊である。

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『ファウンデーションの危機』グレゴリイ・ベンフォード

(1999年12月15日発行/矢口悟訳/早川書房/2800円)

 グレゴリイ・ベンフォードの『ファウンデーションの危機』は、アシモフの〈銀河帝国興亡史〉シリーズの設定をもとにしてベンフォード、グレッグ・ベア、デイヴィッド・ブリンら現代ハードSF界を代表する三名の作家が書き上げた〈新・銀河帝国興亡史三部作〉の第一作である。ベンフォードには以前にもクラーク『銀河帝国の崩壊』の続編を手がけたことがあり、今回のプロジェクトも彼が中心になってまとめあげたもののようだ。

 それにしても、四〇年代からの初期三部作に八〇年代からの四作を加えた計七作、アシモフが半生に渡って書き続けたライフワークとも言うべき〈銀河帝国興亡史〉の続編とは、いったいどのような形になっているのだろうか。著者あとがきによれば、彼が以前からいだいていた疑問点(なぜ銀河系には未知の知的生物がいないのか、コンピュータの役割はどうなっているのか、心理歴史学の理論は実際のところどうなっているのか、等々)に解答を与え「基本的な主題があるところへ、いくつかの旋律をつけくわえる」ものになっているとのこと。銀河帝国を襲う危機をハリ・セルダンおよびファウンデーションが切り抜けていくという物語の基本的構成は不変のようである。

 本書の舞台は、繁栄を誇る銀河帝国に徐々に翳りが見え始めた銀河暦一万二千年の惑星トランター。数学者でありながら、首相候補となって慣れない政治の世界に足を踏み入れたハリ・セルダンは、議会の中心人物ラマークの数々の妨害にも負けず、妻ドーラの協力のもとに心理歴史学の研究を進めていく。一方、古代の遺跡から発掘され、再現された模造人格のヴォルテールとジャンヌ=ダルクは、電脳空間において自我を発達させ、自分たちとも人類とも異質な存在に出会う。いったい彼らの正体は何なのか。また、セルダンとラマークの激烈な権力闘争の行方は……。

 アシモフがさらりと流して触れずにいた銀河帝国の細かな様相や背景を、ベンフォードは巧みに補完してみせている。分子運動にたとえられていた心理歴史学はカオス理論によって補強され、電脳空間も無理なく帝国内に導入された。惑星パニュコピアにおけるセルダンの亜人類生態研究なども、新しい角度から心理歴史学を見つめ直しており興味深い。さらには、従来の超空間に変わってワームホールの存在が導入され、ラマークの追手から逃れたセルダンらが銀河を旅する壮観な場面のリアリティがより増すこととなった。この辺りは〈銀河の中心〉シリーズで培われた描写力を生かしたベンフォードの面目躍如といったところ。総じて、従来のイメージを崩さずに、銀河帝国のディテールにこだわり人類の本質について思索をめぐらしたベンフォードならではの作品となっている。ベンフォード作品の欠点であるキャラクターの弱さをセルダンやオリヴォーといった個性豊かな登場人物が補っており、かえって単独作よりも読みやすくなっているぐらいだ。高名な作品の続編としては成功した部類に入るだろう。

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『グレイソン攻防戦(上・下)』デイヴィッド・ウェーバー

(1999年12月15日発行/矢口悟訳/ハヤカワ文庫SF1294・1295/上下各640円)

 デイヴィッド・ウェーバーの『グレイソン攻防戦(上・下)』は、マンティコア王国航宙軍の女艦長ハリントン宙佐の活躍を描いたシリーズ第二作。今回の彼女の任務は、惑星グレイソンと同盟を締結しに行く使節団の護衛である。グレイソンでは科学技術容認派と否定派が激しく争った結果、信仰を重んじる否定派は近隣の惑星マサダへ移っていた。過酷な環境ゆえに極端な男尊女卑社会となったグレイソンにおいて数々の苦難に会い、いったんは惑星を離れるハリントンだが、そこへヘイヴン人民共和国と手を組んだマサダが攻撃を開始した……。

 女王陛下の栄誉のために闘い臆病者の議員を殴りつけるハリントンの行動には潔いところもあるが、シーフォートにも通じる悪い意味での頑固さがあり、個人的にはついていけないキャラクターである。この手のミリタリイSFがお好きな方はどうぞ。

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