電脳空間という言葉を世に広め、サイバーパンク・ブームを巻き起こした『ニューロマンサー』(1984年)発表から早くも20年が過ぎた。翻訳は1986年だから、日本でのブームはそれからだ。車、ファッション、音楽、何にでも「サイバー」がつけられた。ギブスンは一躍時代の寵児となり、預言者扱いされていた。当時のことを、彼は本編の中でこう語っている。「未来を予言すると思われるのは困ったこと」「私は予言などしない」「理解不可能な世界に光をあててアクセス可能にしただけ」なんだ、と。ソニーのウォークマンを聴き、アーケードでゲームに没頭する子供を見ていたギブスンが、誰もが感じていた時代の空気を的確に言葉にしてみせた瞬間、そう、サイバーパンク誕生の瞬間が、ギブスン自身の言葉で臨場感たっぷりに語られている。しかも、盟友ブルース・スターリングや、ジャック・ウォマックの証言つきで。SFにとっての歴史的瞬間、近年のギブスンの語を借りればまさに「結節点」が、くっきりと記されている。これだけでも本編の購入価値は十分あるだろう。U2のボノによる『ニューロマンサー』朗読までついているが、これはまあ、オマケのようなもの。むしろジ・エッジの方に「『ニューロマンサー』はロックだ。セックス、ドラッグ、孤独感、すべてがある」と鋭い発言があり、興味深かった。
ギブスンは、乗用車の後部座席に座ったまま語り続ける。自らの生い立ち、カナダへ渡った60年代後半、ドラッグについて、テクノロジーについて、W・バロウズについて、生きるとは、宗教とは、インターネットの意義とは何か。編集に相当時間をかけただけあって、ムダな発言は一切カットされている。極めて理知的かつ冷静な作家の姿が浮かび上がってくる仕組みだ。ちょうど『フューチャーマチック』(1999年)を執筆し『ヴァーチャル・ライト』『あいどる』と続いた廃墟空間三部作を完結させようとしていた時期のインタビューということもあるのだろうか。実に自信に満ちた、堂々とした語り口である。
我々はどうしても、80年代の電脳空間三部作と90年代の廃墟空間三部作とを殊更に区別し、あの輝かしいギブスンは一体最近はどうなってしまったのかと慨嘆しがちであるけれど、実は、アウトローと猥雑な都市空間を設定してジャンクの彼方に宝石を幻視する瞬間を描き出すという点において、ギブスンの姿勢は一貫している。ギブスンの本質に触れ、その後の展開に臨む意味からも、ぜひ一見をお薦めしておきたい。今回の版には、未公開映像やスタッフ・インタビューから成る80分の特典映像もついていて、大変お買い得である。