SF Review
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2002年6月
『評伝・SFの先駆者 今日泊亜蘭』峯島正行
『今池電波聖ゴミマリア』町井登志夫
『ナボコフ夫人を訪ねて』マーティン・エイミス
『マルホランド・ドライヴ』デイヴィッド・リンチ監督
『モリ・ミノル漫画全集』小松左京
『評伝・SFの先駆者 今日泊亜蘭』峯島正行
(2001年10月2日発行/青蛙房/2200円)
明治四十三年生まれの作家今日泊亜蘭(本名・水島行衛)の幼少時代から現在に至るまでを記した詳細な伝記である。高校時代に七カ国語を習得し原語で『ファウスト』を読んでいたとか、大正アナーキストとの関わりとか、昭和十五年にヨーロッパへ密航した話だとか、とにかく読んでいて飽きさせない。エピソードの一つ一つが興味深く、その生涯自体がドラマになっている。SFとの絡みで言えば、昭和三十一年に結成された「おめがクラブ」誕生のいきさつとか、福島正実との確執とか、新たに明らかにされた事実もあり、資料的価値も大きいと言える。福島正実『未踏の時代』に出てくる「SFの手引き書を作りたいので協力しろ」と言って福島正実を憤慨させ、早川版『SF入門』を逆に完成に至らしめた人物こそが、今日泊亜蘭だったとは本書を読むまで気づかなかったなあ。作品に関する分析も的確であり、人物像も明確に伝わってくる。伝記本としては一級品であろう。
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『今池電波聖ゴミマリア』町井登志夫
(2001年12月8日発行/角川春樹事務所/1900円)
第二回小松左京賞受賞作。近未来の日本中部の都市今池を舞台にした学園バイオレンスもの。性と暴力の渦巻く町を舞台に高校生が学内で繰り広げる血みどろの抗争に、電脳空間でのマネーゲーム、携帯電話に隠された出生率増加の秘密などが絡んで、現代日本のみならず人類の未来に考察を加えた力作に仕上がっている。作者はインタビューで、小学生の頃、福島正実の暗い情念を描いた小説が好きだったと語り(「小松左京マガジン」4号)、本書を一種の絶望小説であると語っている。確かに本書に描かれているのは、欲望をむき出しにした人間の愚かさであり疲弊した社会システムの限界である。暴力描写の凄まじさ、どうしようもなく愚かな人間への絶望を描くという点から、筆者は福島正実というよりは平井和正の初期作品(『悪徳学園』とかウルフガイ)を連想した。作品の異様な迫力に引き込まれ結構夢中で読み終えたのだが、冷静に考えれば、やたらと怒りやたらと泣く、駄々をこねる子供そのもののエキセントリックな登場人物たちはやっぱり変だ。作者の現代日本に対する怒りの激しさの表れなのだろうか。次作はもう少し肩の力を抜いて書いてもいいのではないかと感じた。日本の一都市、しかも学校という狭い空間を舞台にした作品構成上の限界はあるが、意欲は買いたい。
作者は1964年生まれ、南山大出身、瀬戸市在住。蛇足になるが、今池は名古屋市千種区に実在する。名古屋の中心部からやや外れた歓楽街であり、風俗店やパチンコ屋、映画館などが立ち並ぶ小さな町である。シネマテークというインディーズ系の小さな映画館や、品揃えのユニークさが売りのウニタ書店などもあり、いかがわしさとアカデミックさが混在しているのが今池という町の面白いところ。学生時代から今に至るまで筆者もよく立ち寄る場所なので、本書の題名を見たときは何だか親戚の名前が全国紙に掲載されたときのような驚きを感じた。本書に今池のエッセンスは良く抽出されている、と思う。
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『ナボコフ夫人を訪ねて』マーティン・エイミス
(2000年12月発行/大熊栄・西垣学訳/河出書房新社/2800円)
新刊ではないが、たまたま書店で見かけたので立ち読みした。キングズリイ・エイミスの息子で作家でもある著者によるインタビュー・エッセイ集。ぱらぱらと一部を読んだだけなので以下は書評でなく単なる感想である。SF関係では、バラード・インタビューやアシモフ・インタビューが載っている。英文学畑の方が訳した本にありがちなことだが、邦訳タイトルが無茶苦茶。『高層建築』『無限夢会社』『水没した世界』などなど。作家の表記もシマックが、サイマックになっていたりして。編集がもうちょっとチェックすればいいと思うのだが……。念のため付け加えておくと、内容はまずまず面白い。バラードが実生活ではいかに陽気で気さくなおじさんであるかが良くわかる。あ、そうそう、ジョン・レノンについてのエッセイも掲載されているのだが、『サージャント・ペパーズ』をわざわざ『ペッパー警部』と訳してあったのには唖然とさせられた。別に『サージャント・ペパーズ』は、そのまんまカタカナ表記でいいでしょ。まさかと思うが、この訳者は、ビートルズとピンク・レディをごっちゃにしてるのでは……。ちょっとこれはヒドイのではないかと思ったので記しておく次第。
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『マルホランド・ドライヴ』デイヴィッド・リンチ監督
(2001年/米・仏合作)
リンチらしさが溢れた傑作。華やかなハリウッドの裏に隠された悪意を見事に表現している。主人公に表面的には親切にしておきながら、主人公と別れるやいなや、理由もなくにやにやと笑い続ける老人夫婦の不気味さ。眉毛のつながった神経質そうな男が、夢で見た通りレストランの裏に何かがいると言い出し、そこに実際に行ってみるまでの不安と緊張。とりわけ、このレストランの場面の盛りあがりは凄い。ただ男が店を出てレストランの裏に行くだけなのだが、文字通り空中に吊り下げられたかのような強烈なサスペンスがある。私はここで完全に映画の中に吸い込まれるのを感じたね。もう後はひたすらリンチ独特の毒のある悪夢の世界に浸りっぱなし。真夜中に主人公たちが見に行く劇場の司会者がこれまた強烈で、大げさな口ぶりと身振りが印象に残る。そこで歌われる歌の素晴らしさ。しかし、それもまた一つの幻想でしかないことがすぐに明かされる。そう、ここで描かれているのは現実と等価な夢そのものなのだ。謎が解かれる面白さではなく、謎そのものの面白さをこそ味わいたい映画である。余談になるが、私が鑑賞した名古屋の映画館では、チケットの半券を持っていくと半額でもう一度この映画が見られるというサービスをしていたのでビックリ。これって全国でやっていたのだろうか?
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『モリ・ミノル漫画全集』小松左京
(2002年2月20日発行/小学館/4冊セット価格4800円)
小松左京がモリ・ミノル名義で漫画を描いていたことは知ってはいたが、まさかこんな形で一気に読める日が来ようとは……。結論から言うと、あの小松左京の作品という資料的・歴史的価値を含めた上でという限定つきではあるが、面白かった。とりわけ壮大なスケールで描かれたSF『第五実験室』『大宇宙の恐怖アンドロメダ』の二作は小松SFの原点を知る点からも実に興味深い作品である。「見たまへ、君、此の物すごく大きな宇宙の中にわれわれはたった三人きりだぜ」「その小さな人間が勝手に殺しあったり、にくみ合ったりして…それが此の大宇宙にくらべたら…」といった『第五実験室』終盤のセリフなどからも、戦争体験を経たうえで宇宙的スケールから人類の存在意義を考察する小松SFの本質を窺うことができるだろう。絵柄やコマ割には手塚治虫の影響が色濃く出ている。決して上手とは言えない絵ではあるが、ここまで手塚調を真似ることが出来ればそれも一つの才能には違いない。小松左京に関心を持たない人にはお勧めできないが、マニアならずとも、少しでも氏の作品に触れ興味を抱いたことがある方ならば、入手できるうちに全四冊セットでの購入をお勧めしておきたい。
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