2001年1月1日(月)毎日新聞掲載 21世紀の宇宙開発より



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2000年の12月に、このホームページを見てくださった毎日新聞中部支局の記者からコンタクトがあり、2001年元旦の新聞別冊で宇宙開発特集を行うのだが、紙数に余裕があるのでSFの立場から見た未来の宇宙での人間の日常生活を書いてほしいとの依頼を受けました。悩んだ挙句、海外SFの内容紹介を書いたわけですが、果たしてこんなものでよかったのかどうか……。初心者向けに書いたものなので、マニアの方には物足りない内容だと思います。それにしても、記事の横に「渡辺英樹さんが描く未来予想図」と見出しをつけられたのには参りました。ちょっと(かなり)恥ずかしかったです。なお、この記事は中部版にしか掲載されていません。念の為。



1 2001年がやって来た!

 いよいよ2001年の幕開けである。映画『2001年宇宙の旅』(六八年)が製作されたのは三十年以上も前のこと。ヨハン・シュトラウスの美しいワルツにのせてスペースシャトルが宇宙ステーションとドッキングする画面に多くの人が魅了された。映画を見た旧ソ連の宇宙飛行士は「宇宙に二度行ってきたような気がする」と感嘆したほどである。しかし、いざ現実に2001年が来てみると、かろうじてスペースシャトルは飛んではいるものの、映画に描かれていた月面基地や有人木星探査船はちょっと見当たらない。宇宙開発が一時期下火になっていたこともあって、現実はかつての空想から随分と遅れてしまった。もちろん、だからといって人々の宇宙への夢が消えてしまったわけではない。NASAによる火星探査の成功、毛利衛氏を初めとする日本人宇宙飛行士の活躍、国際宇宙ステーションの建設などによって近年徐々に宇宙開発への関心が高まってきている。遠くない将来に宇宙で暮らす人々が必ず出てくることだろう。宇宙でのライフスタイルはどのようなものになるのだろうか?

2 地球を離れて……

 まずはとにかく地球の引力圏を脱出しなくてはならない。ロケット推進以外の有効な方法として、ここでは軌道エレベーターを紹介しておこう。強靭な材料で出来たケーブルを高度数万キロの宇宙ステーションから地上に下ろし、エレベーターに乗って宇宙へと上っていく。これが実現すれば、宇宙への旅がぐんと楽になることは間違いない。厳しい訓練なしで誰でも宇宙へ行けるようになるのだ。ロケット推進に比べてシステムの効率も格段に良い。時速数千キロのロケットが一瞬で通りすぎてしまう大気圏や電離圏の中も、時速五百キロのエレベーターなら数日間の旅となる。真下に地球、真横にオーロラを眺めながら宇宙を旅する素晴らしい景観が、A・C・クラークのSF小説『楽園の泉』(七九年)には描かれている。さて、いったん宇宙に出てしまえば、後は月までわずか(?)三十数万キロ。映画『2001年』に出てきたような低推力の月シャトルで、のんびりと月面まで旅をしよう。シャトル内の風景として、ストローで容器から吸い出すだけの味気ない食事は映画にも登場していたが、クラークによる原作には、ご丁寧に、回転して擬似重力を作り出す大掛かりなトイレまでが詳細に描かれている。

3 月面での生活は……

 月面基地は、SF小説の中ではたいていクレーターの地下に作られている。大気がなく昼と夜の温度差が三百度もある月面で暮らしていくのは大変なことだ。五〇〜六〇年代のSFでは、月面に取り残された宇宙飛行士の極限状況下でのサバイバルを描いたり(J・W・キャンベル・ジュニア『月は地獄だ!』五〇年)、遭難した月観光船の救助を描いたり(クラーク『渇きの海』六一年)といった具合に、月は常に危険と隣り合わせの世界であった。それが六九年の月着陸以降、徐々に親しみやすい世界に変わっていく。人類が太陽系内の惑星や衛星に植民した未来を描くJ・ヴァーリイの『へびつかい座ホットライン』(七七年)では、月の地下植民地はセントラル・コンピュータによって管理され、人々は地球と同じ快適な生活を送ることができる。地下で暮らすのは耐えられないという人のためには、地球の自然を再現した、ディズニーランドと呼ばれる環境公園も用意されている。月の人々にとっては、地球環境がそのまま夢の国となっているのが面白いところだ。

 最近の宇宙SFでは、月面基地以外にも、アニメ『機動戦士ガンダム』(七九年)の舞台としてお馴染みのスペースコロニーが描かれることが多い。これは月軌道上の安定したポイントに建造された数百人から数千人が居住できる大規模な宇宙ステーションである。アンダースン&ビースン『星海への跳躍』(九〇年)では、地球で核戦争が勃発し、スペースコロニーと月面基地に取り残された人々が限られた資源のもとで懸命に生き残る努力を続ける。いくら親しみやすくなったとは言え、やはり月や宇宙ステーションが危険に満ちた暮らしにくい環境であることは間違いないようだ。

4 そして火星へ……

 それならば、いっそ地球に似た隣の惑星、すなわち火星での生活を考えてみてはどうだろうか。直径は地球の半分、重力は三分の一で、昼と夜の温度差は百六十度。もともと火星は、太陽系内で地球にもっとも近い環境を備えた惑星である。九七年、二十年振りにNASAによる火星探査が行われたこともあって、九〇年代のSFには火星を舞台にしたものが多数登場した。K・S・ロビンソン『レッド・マーズ』(九二年・創元SF文庫)では、二〇二六年に百人の移民が火星に到着し、テラフォーミングを行う。火星を改造して、地球型の生態系を造り出そうというのだ。最新のデータをもとに描き出された火星の風景はリアルで美しく、赤い大地が徐々に水と大気に満たされていく過程は実にスリリングである。科学技術的側面だけでなく、火星植民に関する社会経済的な意味も深く考察されており、現在のところ火星について書かれた小説では最高の作品だろう。他にも火星移民の独立闘争を描いたグレッグ・ベア『火星転移』(九三年)、映画に撮るためにハリウッドが有人火星飛行を企画するテリー・ビッスン『赤い惑星への航海』(九〇年)など、火星を舞台にした作品は枚挙にいとまがない。いつの日か、人類こそが火星人となるときが来るのかもしれない。

 以上に紹介してきた世界が、来たる二十一世紀にどこまで実現するかはわからないが、少なくとも我々が宇宙への挑戦をあきらめることは決してないだろう。SFの祖であるH・G・ウエルズがかつて語ったように「結局のところ、最後は星か、無なのだ」。 (文中、版元表記のないものはすべてハヤカワ文庫刊)