創刊当初のハヤカワSF文庫の特色を挙げてみよう。第一に文庫であるため安価なこと。新書版のHSFSが三百円~四百円であったのに対して、文庫は百円~二百円台。若者にも気軽に手が出せる値段であった。第二に文庫すべてに口絵と挿絵がついており、しかもその絵が理解しやすい具象的なものであったこと。HSFSの表紙は誕生以来一貫して常に抽象絵画であり、キャプテン・フューチャーであろうがドック・サヴェジであろうがヒーローは一切具体的に描かれなかった。ペルシダーに至っては、エース・ブックスのけばけばしい表紙を真似して描いているのにわざわざ人間をそこから省いたために虎や象しか表紙に描かれていないというわけのわからない表紙になっている。これに比べて、ハヤカワSF文庫の表紙の分かりやすさはどうであろう。今回は全点書影つきの特集であるので、創刊当時の表紙をよく見ていただきたい。第三に、これは本質的な特色であるが、前章でも述べたように内容がスペース・オペラとヒロイック・ファンタジイを中心とした大衆娯楽小説路線であったこと。こうした特色が多くの読者に強くアピールしたのだろう。蓋を開けてみればハヤカワSF文庫は爆発的な売行きを示し、大成功であった。〈SFM〉七〇年十二月号の巻頭言には「発刊以来予想をはるかに上回る人気沸騰ぶりに、編集部としては驚いたり喜んだり」とある。
実は、ハヤカワSF文庫は、早川書房としては初の文庫であっても、決して初のSF専門文庫ではない。本誌読者ならよくご存じの通り、六三年に創元推理文庫SFマークが誕生しており、こちらが日本初のSF専門文庫である。中でも六五年十月に創元推理文庫SFから発売されたバロウズの《火星》シリーズは、武部本一郎の流麗な表紙・挿絵とあいまって爆発的にヒットしており、創元はE・E・スミス《レンズマン》、バロウズ《金星》シリーズなどのスペース・オペラを、続々と口絵・挿絵つきで刊行していた(文庫四〇周年記念パンフでハヤカワSF文庫が日本初の口絵・挿絵つき文庫とあるのは明らかな誤りである)。早川書房としては、創元の成功に引きずられるような形で、HSFSからスペース・オペラを刊行したりしたのだが、先に述べたように価格や表紙絵などのフォーマットが内容と折り合わず苦戦していたという状況があったのである。従って、ハヤカワSF文庫の誕生は、社内的には「本格SFはHSFSから、スペ・オペは文庫から」という棲み分けを明確にすると同時に、対外的には創元推理文庫の独占市場に参入し切り崩していくという積極的な意味があったと言える。この役割が数年後には徐々に変質していくのだが、その辺り、順を追って解説していきたい。原則として五年ごとに分けて概観する。 Next Back to History Top Page